こんにちは、すきとほるです。
私は現在MPHを取得できる大学院への進学を考えています。
そして卒業後は、PMDAへの就職を目指しています。
しかし、実務経験が無いことから、研究計画の立案や小論文の内容となる強いテーマがありません。
実臨床を経験してから院へ進学した方が研究活動においては有益だとは思うのですが、公衆衛生学への興味が強く、学部卒業後すぐに進学したいと考えています。
また、勤務しながら試験対策をすることへの不安があることも一つの理由です。
そこで、勤務経験がない学生が臨床研究計画を立てる方法について伺いたいです。
実際に研究計画を立てられた際のお話や、試験までのあと1年間で積むべき経験について伺えたらと存じます。
稚拙な質問内容で申し訳ございません。大変お手数だとは存じますが、お答えいただけたら幸いです。何卒よろしくお願い致します。
本ブログは、私個人の責任で執筆され、所属する組織の見解を代表する物ではありません
臨床経験を積むべきかどうか
医療系の学部に通いながら大学院進学を検討される方にとっては、「大学院進学の前に臨床経験を積むべきかどうか」というのは一大テーマですよね。
相談者様から頂戴したメッセージを拝見すると、既に大学院進学への意思は固く、その上でどう研究計画を立てるかということを考えられていると思います。
出鼻をくじいてしまうようで恐縮なのですが、まず「大学院進学の前に臨床経験を積むべきかどうか」という点でお話させて頂きます。
私個人としては、医療職の方であれば大学院進学の前に1年でもいいから臨床経験を積んだ方が良いと考えています。
キャリア上のメリット
医療系の資格は大学や医療機関の外では貴重です。
疫学、特に臨床疫学、薬剤疫学に関する仕事をする際には「実臨床を知っている」というのは大きな強みになります。
「キャリアは掛け算で考えろ」と言われますが、臨床経験を積むことで、
臨床経験を積んだ医療職×MPH(もしくは疫学)
という掛け算を成立させることができます。
せっかく薬学部で4年間(6年間)の学びを積まれて薬剤師免許を取得されるのに、臨床を経ずに企業ないしはPMDAにご就職されるとなると、かなり勿体ない気がします。
PMDAの仕事においては薬剤を取り巻く仕事の現場感を有していることのバリューは非常に大きいと思います。
上市された薬剤がどう臨床に浸透するか、
有害事象がどのように現場で拾われ、PMDAに報告されるか、
日本の薬剤の処方実態がどれだけエビデンスに基づいているか、
医療職がどのように連携して薬剤を処方し、その有効性・安全性をモニタリングしているか
仮に現場経験をもたずにPMDAに就職される場合には、こうした経験値を放棄して就職することになります。
それはかなり勿体ないのではないでしょうか?
もちろん、薬剤師であることを自身のキャリアの強みとせず、他の強みを活かしてキャリア形成していくという方法もあり得ます。
その場合、「臨床経験がある他の医療職と比べて、たとえ臨床経験がなくとも自分にはコレがあるから闘っていける」という強烈な強みを見つけておいた方が良いです。
反対に「コレ」という強みが思いつかないのであれば、たとえ1年でも良いので臨床経験を積むことをお勧めします。
学部生さんということでまだお若いでしょうから、たった1年の臨床経験を積むことでキャリアの可能性が大きく広がると思えば、コスパの良い時間的投資だと思います。
企業や行政機関に出ないとなかなか実感が難しいかもしれませんが、医療機関以外の場所において、臨床経験というのはそれだけ価値があるのです。
もちろん、1年の経験で臨床の全てを理解することなどは不可能でしょう。
しかしその1年の経験があることで、実臨床の言葉が身に付き、実臨床にいる医療者と話す際であったり、法制度が実臨床に与える影響を考える際の窓が開きます。
臨床経験において、ゼロとイチはそれだけ大きく違うのです。
これはPMDA就職においてだけではありません。
少しでも臨床経験を積んでおけば、PMDAからキャリア変更を考える際にも、
・+αで臨床経験を積むために医療機関に就職する
・薬学系の研究科でのアカデミア就職を目指す
・薬系技官として厚労省で働く
など、次の一手として取れる選択肢が圧倒的に増えます。
ですので、臨床経験を経ずに大学院進学、そしてPMDA就職を考えられるのであれば、「臨床経験を詰めるというキャリア上の大きな強みがあるにも関わらず、それを捨てても良いと思えるだけの他の強みがあるかどうか」ということを今一度ご検討されると良いかもしれません。
研究上のメリット
研究をする上で臨床経験を積むべきかどうかは、公衆衛生大学院でどのようなことを専門にされたいのかによると思います。
たとえば、疫学の中でも環境疫学や社会疫学といった分野であれば臨床経験は必須ではないでしょうし、また臨床経験がなくとも世界的に活躍される日本人の疫学専門家もいらっしゃいます。
一方、臨床疫学や薬剤疫学、医療コミュニケーションなど実臨床と深く結びついた分野をご専門にされたいのであれば、臨床経験はあるに越したことはありません。
研究をする際のリサーチクエスチョンに始まり、曝露やアウトカム定義の設定、共変量の選択、そして解析結果に基づいた考察の展開、これら全てに実臨床の理解が必要になります。
ですので、臨床経験なしにこれらの分野の研究を行おうとすると、臨床知の部分を他の研究者にアウトソースする必要があるわけです。
ただ、それが問題であるというわけではありません。
研究はチームプレーですから、「あなたはここの知識を担保してね、その代わり私はここを担うよ」という形で、それぞれの強みに応じて責任分担をしていきます。
この際、臨床経験がない場合は「でも代わりに私には他の人が苦手としているコレができる」という強みがやっぱり必要になるわけですね。
ですから、臨床経験を積まずに大学院に進学して研究をする際には「臨床経験に頼らずともバリューを出せる人材になるため、コレを専門にするためめっちゃ頑張ろう」という専門性の具体的な設定と、努力を積むという前提でご進学された方が良いでしょう。
ただ公衆衛生全般を学ぶという意識ではなく、「公衆衛生分野の中でもこの分野の専門性を強化する」という具体的なターゲットを進学前に設定した方が良いです。
臨床経験を積まない場合は「専門性がない状態で公衆衛生大学院に進学する」ということになりますので、「公衆衛生大学院の2年間で臨床経験に代わる専門性を身に着ける」という気持ちでご進学することをお勧めします。
臨床経験がない場合の研究計画の立て方
こちらも公衆生成大学院の中でどのような分野のご研究をされたいかに依存します。
私にご連絡くださったということで、臨床疫学・薬剤疫学にご関心があると仮定して話を進めたいと思います。
これまでにもお伝えしたように、こうした実臨床と深く結びついた分野をご専門にされたいのであれば、臨床経験があるに越したことはありません。
なぜなら、臨床疫学・薬剤疫学とは実世界に資することを目的として行われる実学であるからです。
私が公衆衛生大学院にいた際にも医療系の学部を卒業しながらそのまま大学院に進学してきた方も何人かいらっしゃいましたが、やはり多くの方が研究のアイデアが生まれないことに苦労してらっしゃったのを思い出します。
その上でどうするか。
もし現時点で「これが気になるなぁ」というテーマが少しでもあるのであれば、そのテーマに関する論文、特にIntroductionとLimitationの部分に注して読まれると良いと思います(公衆衛生大学院で専門的なことを学ぶ前にMethodを理解するのは難しいと思うので、思い切ってスキップしましょう)。
IntroductionとLimitationには「この研究がどのような流れの中で生まれ、そしてこの研究の次には何をすべきか」という、まさに研究テーマに直結する情報が書かれています。
また、実習として医療機関に出向かれた際に、研究によって解決すべき問題がないかどうかを探ってみてください。
たとえば、
安全性が十分に検証されていないまま使われている薬剤がないか、
同じような薬剤で、どちらが有効か明らかにされていない薬剤同士があるか、
などです。
そうした「エビデンスギャップ」に注意を巡らせていれば、「あれ、これって当たり前のように行われているけど、実はエビデンスがないんじゃないか?」というクリニカルクエスチョンに出会うことができると思います。
試験までのあと1年間で積むべき経験
私は、実臨床に関連した経験を少しでも多く積むことをお勧めします。
仮に臨床経験なしで大学院、PMDAに歩みを進められるのでしたら、臨床経験に近しい経験を詰めるのは今しかありません。
とはいえ薬剤師免許がなければ当然薬剤師業務はできませんので、薬局や病院薬剤部でのアルバイトのような仕事があると良いかもしれませんね。
大学院進学やPMDA就職をされるのでしたら、研究や薬剤安全性監視活動に関する経験を積む機会はいくらでもあります。
一方、いちど臨床以外の分野の就職した方がゼロ経験で臨床に転職することは珍しく、技術的・心理的障壁も高いでしょう。
PMDA就職を選択した後に「やっぱり臨床経験も積んでおこう」と後から臨床に転職することは現実的ではないと考えた方が良いと思います。
であれば、キャリアを考えるうえでの希少価値が高い臨床経験を詰めるのは、相談者様が在学されているこの瞬間しかないわけですから、私でしたらそこに重きを置いて、「臨床も少しですが経験しました」と言えるような経験を積んでおきたいと考えます。
終わりに
お便りくださりありがとうございました!
なんだか「すぐに公衆衛生大学院に進学したい!」というせっかくの気持ちを挫くようなお返事となり申し訳ございませんでした。
医療機関の外で働く際に、それだけ臨床経験というのは価値があり、キャリアの可能性を広げるものであるということをお伝えしたいという一心でした。
公衆衛生は、実臨床と密接に関連しております。
公衆衛生とは集団を対象にした実学ではあるものの、当然ながらそのうえでは集団を構成する個人、そして個人同士の関連に対する具体的な想像力が不可欠です。
ですので、言い方を変えれば「実臨床で経験を積むことも、公衆衛生を学ぶための重要な一歩である」と言えると私は考えております。
ただ、これは決して「公衆衛生を学ぶすべての人間が臨床経験を積むべきである」と言っているわけではありません。
日本では疫学=医療職の仕事という認識がまだ強いですが、「欧米では疫学は疫学という専門であり、医療の専門家とはまた別」という認識のため、医療系の資格を問わず活躍する疫学者は沢山おります。
公衆衛生やPMDAでのキャリアを積まれるうえで、薬剤師としての臨床経験に頼らずとも生き抜いていけるような専門性を身につける自信があるならば、わざわざ薬剤師としての臨床経験に依存する必要もないと思います。
私個人としては、1年の臨床経験がキャリアにもたらす深さと幅を考えれば、投資価値は非常に高いと判断しますが、そこは相談者様のお考えですので、いかなるお考えであれ私としては公衆衛生大学院へのご進学を応援させて頂きたいと思っています。
ぜひ、公衆衛生大学院の2年間を楽しんでくださいませ!!!
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