こんにちは、すきとほる疫学徒です。
さて、これまでの記事では主に「製薬企業の疫学専門家がどんな仕事か」ということを解説して参りました。
実際に就職を考えてらっしゃる方からすると、もっと気になる情報は、「どうしたら製薬企業の疫学専門家になれるのか」という具体的なアプローチ方法だと思います。
母数が少ないために、製薬の疫学専門家の情報って殆ど公にシェアされていないので、ネットで探しても見つからないのではないでしょうか?
ということで今回は、製薬の疫学専門家になるにはどうしたら良いかということを綴っていきたいと思います。
なお、私および私が知っている事例は全て外資系のものなので、内資への外挿可能性があるかどうかは分かりません。
また、ここでお伝えすることは、当然私が所属する製薬の採用条件ではなく、あくまでも私自身、そして他の疫学専門家の事例、また公にされている募集要項から、「業界全体の相場観だと、ここら辺が必要条件かな」と一般論を述べているものです。
「この通りにやれば、ポジションをゲットできる」という意図で書いたものではありませんので、あくまでも一つの情報として捉えて頂くようお願いいたします。
ちなみに私自身の就活歴としては、これまでお断りしたものも含め、4社の外資製薬の疫学専門家のポジションにアプライし、全て採用を頂戴しております。
なので、私個人の憶測の域を出ないといえど、「製薬は、こういう人を疫学専門家として欲しいんじゃないか?」という読みは、それなりに通用するのではないかと恥ずかしながら思っております。
製薬企業の疫学専門家になるには?
公募に記載されている条件
私自身がごちゃごちゃ言う前に、まず「実際の求人」を見た方が手っ取り早いので、いくつか紹介します。
全てネットで検索すれば出てくる情報です。
・アステラス
・社名記載なし
・第一三共
はい、こんな感じです。
一度こちらを眺めていただいた上で、諸条件の考察に入っていきたいと思います。
専門性
必要な専門性は、大きく分けると3つになります。
疫学の専門性
疫学専門家として働くわけですから、当然こちらはマストのスキルです。
ただ、疫学の中にも社会疫学、栄養疫学、がん疫学、分子疫学など様々な分野があり、『「薬剤疫学」をど真ん中で学んでいないといけないの?』と思われるかもしれません。
私の印象としては、これは薬剤疫学以外の分野を専門としていた方であっても、疫学そのものの基礎をしっかりを身につけた方であれば問題ないという印象です。
細分化したら分野は分かれるとはいえ、”疫学”という方法論の基礎は全ての疫学分野に共通することですから、十分に薬剤疫学にも援用可能でしょう。
私自身も、製薬企業に入社する前は薬剤を対象とした疫学研究は行なったことはありませんでした。
データベース研究の専門性
こちらの記事でも綴った通り、製薬企業の疫学専門家の主な仕事は、疫学研究の中でも医療大規模データベースを用いた疫学研究です。
ですので、日本で使われるメジャーな医療大規模データベースの構造、癖、強みや弱みを知っていること、そしてそのいくつかを実際に自分で解析したことは、採用における必須条件になるかと思います。
臨床の専門性
臨床の専門性というのは、薬理作用や病態生理などの医学の基本的な知識、そして実際に医療機関で医療者として働くことで得られる現場経験を指します。
これは必須ではありませんが、「あった方が良い」という感覚で追加してみました。
まず、薬剤疫学で使うデータは薬剤、病気などに関するデータですので、研究デザインを組む上では、そういった薬剤や病気の基礎的な知識を持っているに越したことはありません(例えば、薬剤Aと疾患Bの因果関係を推定するうえで、交絡となる因子を特定するためには、こうした臨床医学の知識が必須です)。
加えて、医療大規模データベースは、実臨床において医師や看護師、薬剤師などによって入力されるわけですから、「データが入力される過程」を自分で体験していた方が、より立体的にデータを把握することができます(例えばアウトカムの妥当性を吟味する際、自分が実際に病名を入力する立場であれば、「この疾患は、こういう状況だと病名妥当性は低くなるな」という想像が働きますね)。
しかし、製薬企業の社内には医師がおりますし、チーム内にもきちんと医師がアサインされていることが殆どだと思うので、疫学専門家自身が臨床の専門性に乏しかったとしても、チーム内外の他の専門家を活用することで十分に補うことができます。
そのため、「必須ではない」と申しました。
もちろん、あることで採用の際の強いアピールポイントとなることは間違いないと思います。
業績
疫学専門家は既卒採用が基本だと思うので、即戦力となることが期待されます。
日本法人に疫学専門家が一人しか配置さず、部署ができてまだ歴史が浅いという製薬企業も多いと思うので、「先輩に一つ一つ教えてもらいながら仕事を覚えていく」ということが許される環境ではありません。
また、疫学専門家は研究をリードする立場として、チーム内の意見をまとめ、意思決定し、研究を前に進めていかねばなりませんので、「どうすればいいでしょうか、決められません」という態度ではチームも困ってしまうかと思います。
私自身も、過去に働いたことのある製薬企業では、日本法人の疫学専門家が私一人だけの中で、入社1ヶ月後から既に走り出しているチームに途中でアサインされて、「はい頑張って」という状況でした。
というわけで、採用時には「入社直後から即戦力として活躍してくれる人材かどうか」ということは厳しく判断されると思います。
そこの判断をどうするかというと、サイエンティスト採用なわけですから、過去の業績、つまり英語論文の質と数で判断されるかと思います。
ですので、少なくとも数本程度は医療大規模データベースを使った論文を書いていて、「私には、研究を計画し、データを解析し、英語で論文を書く能力がある」ということを証明できる状態でアプライした方が無難でしょう(数本と言うのは私の非常に勝手な印象であり、もちろん採用側のメンバーそれぞれの考えは大きく変わると思います)。
逆にいえば、その実績がないと「口で言われても、実際にモノがないと腕前を判断できないよ」と採用側も困ってしまう気がします。
ちなみに私がアプライした際は、執筆した筆頭の英語論文は数本より少し多い程度でした。
また、前職で疫学専門家として働いた経験がない状況での面接だったため、「自身の過去の研究を採用企業側の疫学専門家の前でプレゼンし、ディスカッションする(英語)」というステップがありました。
語学力
英語は必須です。
疫学専門家は他国の疫学専門家と密なコミュニケーションをとっていく必要があるので、仕事の多くを英語で行うと想定しておいた方が良いでしょう。
ただ単に「英語が話せる」というだけではなく、英語で研究に関して突っ込んだ話をしていくので、必要な英語力は低くはないと思います。
採用面接時点でも、海外の疫学専門家との面接が複数回組み入れられても不思議ではありません(これは英語力を試すわけではなく、同僚である海外の疫学専門家が見て、”サイエンティストとしてどうか”ということを判断するためで、なので英語を使えることは大前提になります)。
私自身は長期留学経験がなかったため(数ヶ月単位の短期留学を何度か)、入社当初は英語環境に慣れるのに苦労しましたが、「これじゃ仕事になんねぇ」と思い、なんとかキャッチアップしていました。
学歴
学歴と言っても、卒業大学、専攻、修士か博士かなどと様々な観点がありますよね。
卒業大学
まず卒業大学ですが、私個人の印象としてはほぼ重要視されていないと思います。
というのも、”業績”の項で述べた通り、大切なのは「自立した疫学専門家として働けるかどうか」ということですので、「たとえ学歴があっても過去に医療大規模データベースに関する論文執筆経験がない」というような状況では、前向きに話を進めるのは難しいのではないでしょうか?
反対に、たとえ有名大学を卒業していなかったとしても、十分な業績があれば、当然きちんと評価されると思います。
それに、外資製薬を受ける場合は欧米の疫学専門家の判断も入ってくると思いますので、海外有名大学院を卒業でもしていない限り、日本の大学はどこも大差ないような気がしています(顰蹙を買うのが怖いのでお伝えしておくと、私は国内の大学・大学院卒です)。
専攻
次に専攻です。
これは最初にシェアした求人にも明確に書いてありますが、疫学・公衆衛生に関連した修士・博士が必要になると思います。
疫学専門家としての採用なわけですから、ここは言うまでもないでしょう。
修士か博士か
私個人の印象としては、「博士を持っているに越したことはないが、十分に実力があると示せれば、修士でも採用対象となる」というものです。
繰り返し述べている通り、最も大切なことは「自立した疫学専門家としてチームをリードするポテンシャルがあるかどうか」という点ですので、その人の学位が修士か博士か、卒業大学がどこか、といった表面的な内容で判断が下されることはないと思います。
そこら辺はすごくフェアな世界ですよね。
ヘッドハンターさんについて
疫学専門家の求人の場合は、基本的にはヘッドハンターさんを介して企業にアプライすることになるかと思います。
Indeedでもlinkedinでもビズリーチでもいいので何でもいいので登録して、ヘッドハンターさんから声をかけてくれるのを待ちましょう。
もし声が掛からなければ、自分から「ヘッドハンターさんだな」と思しき人に友達申請をして(linkedinの場合を想定)、「製薬の疫学専門家の求人を紹介してくれ」と伝えれば、殆どのヘッドハンターが喜んで教えてくれると思います。
企業によってはホームページで求人を公開していて、ヘッドハンターさんを介さずにアプライできるようになっていますが、個人的にはこのルートはお勧めできません。
というのもヘッドハンターさんを介さないと、年収交渉を自分でやらないといけなくなるからです。
自分を採用してくれる可能性がある企業に対して、「もうちょっと金くれ」というのも心理的障壁があるでしょうから、ここら辺はプロに任せましょう。
逆にいえば、私個人の意見としては、疫学専門家の求職活動において、ヘッドハンターさんを介する価値は年収交渉以外にはないと思っています。
というのも、この業界の疫学専門家の母数自体がめちゃくちゃ少ないので、ヘッドハンターさん側にも求職を支援するノウハウが殆ど蓄積されていないのです。
疫学専門家の求職を実際に支援したことのあるヘッドハンターさんも非常に少ないと思います。
というわけで、私自身が求職活動をしていた際には、ヘッドハンターさんから履歴書、面接準備などにおいて支援してもらうことは全くありませんでし、期待してもいませんでした。
また給与交渉においても、私の当初の要求はヘッドハンターさんの経験するとかなり無茶だったらしく、遠回しに何度も「それは無理です」と言われていましたが、採用時にはこちらの要求をフルでのんで頂いたオファーを頂戴することができました*(経験年数の長いヘッドハンターさんでしたが、「こんなことは初めてです」と驚いていました)。
*製薬の疫学専門家が希少であること、同時並行していた他業種企業で同条件のオファーを頂戴していたことを加味して、私自身は「決して無茶ではない」という判断をしていました(むしろ給与交渉の際の正攻法だったと思います)。
というわけで、「信じられるのは己のみ」ということで、ヘッドハンターさんには給与交渉(条件は自分自身で事前に決めて、ヘッドハンターさんにお願いしておく)・面接日程の調整のみお願いし、履歴書や面接で話すことなどは全て自分自身で決めるという心算でいた方が良いかなと思います。
終わりに
さて、以上です。
製薬企業の疫学専門家になるための条件を、専門性、学歴、語学力、業績、ヘッドハンターさんなどといくつかの側面から綴ってきましたが、いかがでしたでしょうか?
アプライを考えている方にとって、少しでも参考になる情報になれば嬉しいです。
繰り返しになりますが、ここで述べたことは「こうすれば採用されるよ」というような条件ではなく、あくまでも私個人の経験、そして私の周りで製薬の疫学専門家として働く方々の様子を一般化しようと試みたものに過ぎませんので、その点はご承知おきくださいませ。
本日もご覧くださりありがとうございました。