こんにちは、すきとほる疫学徒です。
本日は、私が大学と製薬企業でパラレルワークをする中で感じる、それぞれのキャリアのメリット・デメリットについてお話ししていきたいと思います。
パラレルワークの仕事の分量は、製薬:大学=8:2くらいで、私にとってはメインジョブ、大学がサイドジョブという位置付けです。
「なぜ大学をサイドジョブにすることを選んだのか」ということについても、後半で少し触れたいと思います。
ちなみに、私は製薬・大学ともにまだ働き始めて数年のペーペーキャリアです。
それに大学はヘルスケア関連の研究科の様相しか知り得ておりません。
以下でお伝えするメリット・デメリットは、あくまでも私の限られた視野から判断した、私自身にとってのメリット・デメリットであり、より豊富な経験を持つ方、私とは異なる価値観を持つ方にとっては、また異なった見方になるだろうということはご留意くださいませ。
製薬キャリアについて
製薬キャリアのメリット
ではまず、メインジョブである製薬キャリアのメリットについて。
第一に、給与水準の高さです。
私にとって給与水準はキャリア選択において重視すべきポイントのNo.2でして(No.1はもちろん疫学の専門性を発揮できることです)、その観点から職探しをしておりました。
小さい頃からお金にあまり縁がない生活を送っていたので、「最低限のお金がなければ、自分も家族も幸せにできない」という気持ちがあったんですね。
ヘルスケア領域に限定しての職探しとなりましたが、疫学専門家らしきポジションでの採用であれば、外コン、シンクタンク、ミドルベンチャーと色々比較しても、製薬が圧倒的に給与水準が充実していました。
ヘルスケア領域に限らずとも、金融系や青天井の営業系を除けば、外資製薬の給与水準はサラリーマンキャリアの中ではかなり高いのではないか思います。
第二に、福利厚生の手厚さです。
製薬企業の福利厚生は本当に手厚いです。
まず、付与される休みが多い。一般論として聞いて頂ければと思いますが、自分が病気になった時の休暇に加えて、家族や親の看護・介護休暇や、なんかよく分からないけどリフレッシュのためにとれる休暇、冠婚葬祭のための休暇など、バリエーション豊かな休暇制度を用意している製薬企業は多いと思います。
休みを取るためにいちいち上司の顔色を伺い、理由を伝えて、ようやく許可をもらうなんてしょうもない文化はありませんし、長期休暇をしっかりとることが推奨されるので、大変人間らしい生活が送れます。
他には財産形成関連のサポートも助かります。
企業年金があるのは当然ながら、意外と助かるのがFinancial plannerへの相談が何度でも無料で使える点ですね。
あと、地味に嬉しいのが買い物やレジャー、旅行や宿泊がお得になるようなサービスです。
福利厚生倶楽部的なものを導入している企業ってあると思いますが、映画が1300円で見られたり、一流ホテルにかなり安く泊まれたりと、生活のいたるところでお得感を感じることができています。
第三に、家族と自分の健康向上のためのサポートですね。
これは大企業であれば珍しくない福利厚生だと思いますが、たとえば自分の家族の健康診断に加えて、人間ドッグが毎年受けられるというのは大変心強いです。
また、前職(同じく外資製薬)では社員が傷病により働けなくなった時にかなりの期間の給与をサポートしたり、死亡時には数年分の給与を遺族にサポートするという制度があり、「もし私に何かあったら」ということを考えた際に、非常に安心できました。
家族ごと会社に守られているという感覚です。
仕事自体も私は「1日8時間以上は働かない」という鉄則を設けているので、18時以降や土日はきっちりプライベートの時間に充てられており、おかげでメンタルヘルスが保たれています。家族との時間を増やしたいという方にとっては、非常に良い職場ではないでしょうか。
外資製薬ですとアメリカ、ヨーロッパ時間で会議をすることも頻繁にあると思いますが(朝8時、夜22時など)、そういった時はそこで余分に働いた分、次の日の始業を遅らせる、終業を早めるという方法で調整しています。
第四に、携わることのできる研究の規模の大きさです。
私自身の携わるプロジェクトについてお話しすることはできないため、一般論として聞いて頂ければと思いますが、製薬企業で行う研究は、関わる人間や予算の規模感が大変大きいと思います。
人間に関しては、まずチーム内でも疫学専門家、統計家、メディカル、プロジェクトマネージャーなど多様な人材がおり、さらに外資系企業の場合はグローバルにも同様の人材がおります。
社外にもPMDAや医療機関、大学、データベースベンダー企業など様々にコラボ相手がおります。
疫学専門家はそうした大規模プロジェクトの中でサイエンスをリードしていく立場になりますので、若いうちからこうした経験を積めるのは非常に魅力的だと思います。
同じ経験を大学で積もうとすると、十分なネットワークを構築し、十分な研究費を獲得できてからになると思うので、かなり立場が上になってからではないと難しいのではないでしょうか?
第五に、グローバル経験を積めるということです。
これは特に外資製薬におけるメリットですが、外資製薬でプロジェクトを動かす場合は、ほとんどのケースでグローバルが関与してくるため、日本国外の人材と英語で働くことが可能になります。
また、私自身は現在グローバル組織の方に所属しているため、同僚は文字通り世界中に散らばっている疫学専門家であり、色々な国の疫学専門家の考え方、プロジェクトについて知る機会があり、非常に貴重な環境だと感じております。
第六に、自身の研究では使わないリサーチクエスチョン、データ、方法論に曝露することができるということです。
当然ですが、外資製薬の疫学専門家はサラリーマンですので、携わるのは会社にとって・患者さんにとって必要な研究です。
ですので、私がプライベートで研究する際には触れることもなかったであろうリサーチクエスチョン、データ、方法論を、必要に迫られて学ぶことができ、疫学専門家として切れるカードが広がっていることを実感します。
第七に、自身の専門領域に専念できるということです。
製薬企業において疫学専門家は数が少なく、どちらかと言えばリソースが希少であるため、自身の専門領域である疫学に専念させて頂ける環境が整っていると感じます。
業務に関連しない委員会活動を強制されるなんてことはありませんし、もちろん大学出ないので学生の指導もありません。
疫学だけに集中できる環境で、その力を伸ばすことが許されるとは、なんて幸せな環境なんだろうかと感じています。
製薬キャリアのデメリット
次に、製薬キャリアのデメリットについて。
第一に、自分のやりたい研究はできないということです。
メリットの第六で書いたことの裏返しですが、サラリーマンである外資製薬疫学専門家は、当然「このリサーチクエスチョンに個人的に興味があるので、会社でやらせてください」なんて言っても通用しません。
なので、「疫学を通してこの分野に貢献したい!」という分野特異的な強いモチベーションがある方は、あまり向いていないかもしれません。
私自身は、疫学をやることそのものに楽しさを感じていたので、その対象が特定の薬剤に絞られることにあまり窮屈を感じることがなく、なのでサラリーマン疫学家としてもそこそこ満足できているのかなと思います。
第二に、”どこどこの企業の人”というイメージがついてしまうということです。
これは私が勝手に感じているだけかもしれませんが、企業に入って以降、アカデミアや医療機関の方とお話しする際に、どうしても「〜企業の〜さん」というフィルターを通してのコミュニケーションになってしまっているところがあると感じていまして。
別にそれで具体的なデメリットがあるかと言われればそうではないのですが、以前は感じてなかった違和感があるのも確かです。
なので、私はアカデミアや医療機関の方とお話しする際には、大学の方の所属を名乗るようにしています(もちろん、企業所属であることを隠してとか、そういう話ではありません)。
大学キャリアについて
大学キャリアのメリット
では次に、サイドジョブである大学キャリアのメリットについて。
なお、私の大学でのキャリアはそう長くはなく、また決して偉いと言われるようなポジションではないため、そこら辺を差し引いてお読み頂けると幸いです。
第一に、自分のやりたい研究を行いやすいということです。
これは製薬キャリアのデメリットの裏返しですね。
もちろん大学にだって研究室全体の方針があり、研究室として遂行すべきリサーチクエスチョンを割り当てられることはあると思います。しかしながら、そうしてきちんと研究室に貢献している限りは、+αとして大学の所属で自分のやりたい研究を行うことはできるわけですね。
もちろん、その他の大学業務、教育業務をこなし、さらに予算を獲得した上での話になるため壁はあるものの、製薬のように自分のやりたい研究をすることが”ほぼ不可能”という状況ではないはずです。
第二に、研究を行う時に比較的小回りが効きやすいということです。
これは、製薬キャリアのメリットであるプロジェクトの大規模さの反対に位置するメリットですね。
製薬で研究を行い場合、大規模であるが故に、通すべきプロセスがボリューミーであり、研究計画の一部分を変更するのにも結構な時間がかかります。
一方で大学の場合、例えば医療データベース研究のようにデータ収集が必要ないタイプの研究であれば、共著者の先生方のOKさえもらえれば、研究計画書を変更することは可能でしょう。
そのため、年に5本も10本もバンバン論文を出して、業績を積みたいという方にとっては、アカデミアの小回りの良さは居心地が良いのではないでしょうか?
第三に、行政や企業に働きかけ、大きなインパクトを出せるということです。
大学の先生が、行政の〜委員会の委員になっていたり、学会の理事になっていたり、どこそこの企業の顧問になっていたりという光景は珍しくないと思います。
特に前2つは公共性の高いポジションですので、1企業のサラリーマンが就くことは非常に難しいでしょう。
私自身がそういったポジションに就けるだけのポテンシャルがあるかどうかという話は置いておき、ああした公共性の高い立場で、Public Healthのために貢献できるというのは非常に魅力的だなぁと思います。
第四に、教育に携わることができるということです。
私自身は学生を教育することにそこまで強いモチベーションは感じていないのですが、もしかすると製薬メインで働いて60歳を迎えた際に、「自分が勉強するだけじゃなく、次の世代へと学んだことを繋げようとすべきだった」とやや寂しさを感じる瞬間が来るかもしれないなと思っています。
私が大学で関わる教育業務は、わずかばかりの授業と院生の研究指導だけですが、それでも学生さんがこちらが伝えたことをしっかり吸収し、アウトプットを出してくれる姿を見ると、感動を覚えます。
自身で学び、そしてその学びを伝えるために研究室という組織を運営し、そうして日本の疫学という分野において大きな潮流を作ってらっしゃる先生方を思うと、本当に感服の一言です。
大学キャリアのデメリット
次に、大学キャリアのデメリットについて。
第一に、研究以外の業務のボリュームが非常に大きいということです。
若手の先生であれば、大学全体や研究科、研究室の仕事がたくさん降ってくるでしょう。。。
それにメリットであげた教育業務に全く興味がない方にとっては、授業準備やテスト作成・採点、論文指導などは苦痛でしかないと思います。
比較的自由に研究できる環境でありながら、研究以外の業務の多忙さ故になかなか研究に手がつけにくいというのは、やや苦しいところですよね。
第二に、大学からもらえる給料自体は高くはないということろです。
国立大学の場合は最も低い職位である助教で500万前後、教授で1000万前後といったところでしょうか。
この前、製薬と国立大学での仮想生涯年収を計算してみたのですが、数億円近い差が出て、大変寂しい気持ちになりました。大学の研究者こそ日本のサイエンスを支える方々なのですから(私のように何ちゃって副業大学研究者は除いて)、しかるべき報酬を払うべきでしょう。
そういえば、高校から大学までずっと同じだった友人が(その方は大学院でアメリカに行ったのですが)、PhD卒業後にとあるアジアの国の大学から月収200万円というオファーを提示された一方で、日本のとある有名大学からは年収400万円と文字通り桁違いのオファーとなっており、日本における大学研究者の評価の低さに心底驚きました。
優秀な人材はどんどん海外や、高い給料を払う企業に流出していますよね。
とはいえ、これはオフィシャルな大学からの給料だけの話で、大学の先生の場合は特許、書籍・記事執筆、講演などで別に収入を得ていらっしゃる方もいると思うので、工夫によっては高い給与水準を実現することも不可能ではないですよね。
なぜ私が大学キャリアをサイドジョブとしたのか
さて、ここまで製薬・大学キャリアのメリット・デメリットをそれぞれ述べてきました。
ここからは、よりパーソナルなテーマに移り、なぜ私自身が製薬をメインに、大学をサイドのキャリアとすることにしたのかをお伝えしたいと思います。
家族を幸せにするために給与水準を上げたかったこと、グローバル環境で働きたかったことなどはメリット・デメリットに挙げた通りですが、私のキャリアを決定づけたのは大学院時代の「私の能力では大学でサバイブするのは無理だ」という挫折経験でした。
私は、大学までは「勉強が得意な人」と評されるようなキャリアを歩んできたと思っております(”田舎の秀才”と笑ってやってください)。
大学院でも、そんなに悪くない頑張りができました。
修士では2年間で6本の英語論文を書き、成績優秀ということで奨学金を全額免除して頂きましたし、博士でも優秀学生として表彰して頂き、前職(外資製薬)では入社1年半目に筆頭著者として書いた論文で全社のBest Publicationを頂戴することができました。
でもですね、そういう些細な達成感を吹き飛ばすほど、大学院の同期・先輩、先生があまりにも化け物だったんですね。
修士の同期達はばんばんImpact Factorが高いJournalに論文を載せていくし、博士の先輩方には毎月2本ずつ論文をPublishするような方がいたり、また研究手法に関する書籍を共著で書いている学生も何人もいました。ちなみに私の指導をしてくださった先輩は、博士卒業時点で共著含めて60本程度英語論文を持っていました。。。
私も大学院に入学当初は「大学で研究者としてやっていくのもありかな」と思っていたのですが、そういう超絶優秀な方々と一緒に研究する中で、「あー、大学っていうのはこういう化け物がいるところなのね、私には無理だわ」ときっぱり諦めがついたんです。
もちろん、彼女・彼らが外れ値なだけであって、全ての大学研究者がそんなに飛び抜けたパフォーマンスを発揮している方々ばかりではないというのは分かっているのですが、私にとっては「彼女・彼らと比べた時の私」という感覚が何よりもリアルでした。
そして何より大きかったのが、私には「研究でこれを明らかにしたい」というような強烈な問題意識がありませんでした。
大学にいる限りは、自分で問いを立て、それにチャレンジするということを延々と繰り返さねばなりません。
自身の内なる知識欲として「これが知りたい」というリサーチクエスチョンがある方にとってはそれは幸せな環境だと思うのですが、私にはありませんでした。
大学院という短い期間ですらリサーチクエスチョンを生み出し続けることに苦労したのに、これを一生続けるなんてとてもじゃないけど想像できなかったのです。
でも疫学は好きだ。
というわけで、「そうだ、企業なら企業の問題意識を使って疫学ができるじゃないか」という考えに至ったわけですね。
もちろん、その過程で給与のこと、グローバル環境のことなども加味した上での意思決定でしたが、「なぜ製薬か」と聞かれた時の原体験として出てくる答えは、大学院での挫折経験です。
なんだか暗い話になってしまいましたが、私は今の製薬での環境に大変充実感を持っていますし、何より疫学専門家として疫学の知識を深め、実践し、そしてその結果患者さんに貢献するということが許される環境には心から感謝しております。
今年もいっぱい勉強して、できる限り沢山の論文を書いて、それで家族も幸せ、Public Healthにも本当に僅かほどだけども貢献させてもらえるかもしれない、そんな1年にできるように励んでいきたいと思います。
それでは、本日もみなさまご多忙の中、お目通しくださりありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします。
すきとほる疫学徒からのお願い
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