初めまして、すきとほる疫学徒です。
国内の大学&大学院を卒業した後、現在アカデミア、そして外資製薬のグローバル部門で疫学専門家として働いています。
特に、日本や途上国で集められた大規模ヘルスケアデータベースを用いた疫学研究を専門としています。
このブログ、「全ての物は、毒であり」では、私が疫学専門家として働く中で学んだ、疫学・データベース研究の知識や、アカデミア・インダストリーにおける疫学専門家のキャリアについて情報発信していきたいと思っておりますので、宜しくお願いします。
製薬企業の疫学専門家って何するの?
これは内資、外資、そして個々の会社によって微妙は差はあるかもしれません。私は外資系での勤務経験しかないため、「ちょっと私の場合とは違うな」という方がいれば、教えて頂けると幸いです。
さて、疫学専門家の仕事ですが、大きく分けると次の2つになるかと思います。
疫学研究のプランニング、実施、そして結果の報告のリード
まず、「疫学専門家」という名前のポジション通り、当然疫学研究を行います。
実際の求人を見た方が早いと思うので、試しにGoogleで”Epidemiologist”と検索し、製薬企業からの求人を探してみました。
はい、こんな感じです。
製薬企業において疫学という専門性が使われる場面は、大きく分けて臨床開発(治験)、市販後のヘルスアウトカム(QOLとか有効性に関する調査など)、そして市販後の安全性(例えば、薬剤Aの販売後の副反応の発生状況、薬剤Aとの因果関係の探求など)の3つに分かれます。
このうち、疫学専門家が主に関わるのは、安全性です。
さらに、安全性の調査は
- 医師や患者からデータ収集を行うPrimary data collection
- Health claims dataや電子カルテデータなどの既存データを使用するDatabase study
に分かれますが、会社によっては疫学専門家が後者だけにアサインされるというところもあります。
つまり、製薬企業の疫学専門家における、”疫学”とは
「薬剤の市販後における安全性調査(特にデータベース研究)における疫学」を意味することが多いです(そして、採用企業側や同僚の皆様も疫学専門家にはそのスキルを期待しています)。
さて、薬剤市販後の安全性調査にも、いくつかのフェーズが存在します。
- 研究の実現可能性の確認(使用可能なデータベースの探索、各種変数定義の妥当性の検討、サンプルサイズの調査など)
- プロトコールの執筆(場合によっては解析計画書も)
- データベースに必要なサンプルサイズが蓄積されるのを待ちつつ、必要に応じて中間解析・報告を実施
- 研究終了後の報告書・論文の執筆
アカデミアにいようが、インダストリーにいようが、やってることは疫学研究ですので、そのコンテンツに大きな違いはないかと思います。
ただ、製薬企業で疫学専門家として働く際の最大の特徴は、プロジェクトに関与するステイクホルダーの数が非常に多いということです。
まず、一般的には各プロジェクト内にも疫学専門家に加え、統計家、医師、データサイエンスの専門家、プロジェクトマネージャー、Writingの専門家など様々なスペシャリストがアサインされます。
加えて、外資系企業の場合はグローバルサイドに同様の専門家が存在します。
さらに、社外には医薬品の規制当局であるPMDA、調査に協力してくれるベンダー(データベース業者など)、場合によってはアカデミア・病院の研究者などがexternal memberとして存在します。
データベース研究において疫学専門家はプロジェクトのリードを担うことが多いため、「自分+教授&共著者」で研究が完結することがあるアカデミアのデータベース研究と違い、非常に多岐にわたるメンバーからのアドバイスをハンドリングし、意思決定し、研究を前に進めていかねばなりません。
なかなかタフではありますが、若手ながらこうした大規模研究をリードする経験が積めるのは、製薬企業の疫学専門家の魅力の一つでしょう。
特に外資系製薬企業において特徴的なのが、グローバルとのコラボレーションです(外資製薬は各国に支社があるため、本社 and/or 全世界の業務をマネージするポジションをグローバル、そして各国の支社の業務をマネージするポジションをローカルと呼びます)。
外資系製薬企業では同じ製品に対する研究が各国で行われていることもあるため、日本で疫学研究を行う場合も、他国(特にアメリカとヨーロッパ)の疫学研究との足並みをある程度合わせながら研究を行う必要があります(もちろん、それぞれの国特有の処方プラクティス、データベースなどに応じて研究デザインは変わりますが)。
例えば、同じ薬剤の安全性を調査するのに、アメリカと日本で全く異なるアウトカムを設定しているという状況は、サイエンスの観点からも、また当局対応という観点からも望ましくないというのは感じて頂けるかと思います(もちろん、人種差などがあり、そうすべきrationaleがあるなら話は別です)。
ですので、日本の研究を担当してる疫学専門家であっても、グローバルの疫学専門家との密なコミュニケーションが必要になってくるわけですね。
研究デザインのそれぞれの項目において、「なぜこれはこうしたのか」、「AではなくBではダメなのか」などと細かく話し合い、アラインを形成していかねばなりません。
日本にいながらも、こうして世界中の疫学専門家とコラボレーションできる機会というのは非常に貴重であり、また他国の疫学研究からも学ぶことができ、これも外資製薬の疫学専門家として働く上での大きな魅力です。
社内全体のReal World Data研究のcapability向上
さて、ここまで疫学専門家の職務の一つ目として、疫学研究のリードについてお話ししてきましたが、ここからは二つ目の職務についてお話しします。
それは、社内全体のReal World Data研究のCapabilityを向上するということです。
実は日本の製薬企業、データベース研究に取り組み始めてまだ日が浅いのです。
というのも、薬剤の安全性調査において、「データベースを使っていいよ」というお達しが行政からでたのが、2018年ごろだったからです。
これを機に、製薬企業におけるデータベース研究の需要が激増しました。
合わせて、データベース研究をリードする疫学専門家の需要も激増しています。
疫学専門家の主な活動の場は市販後の安全性だと説明しましたが、Real World Dataが活用されるフィールドは当然それだけではありません。
治験や、薬剤の有効性に関する研究でも「どうReal World Dataを活用するか」ということは、近年ホットトピックであり続けています。
疫学専門家は、それぞれの会社において貴重なReal World Data研究の知識を持っている数少ない人間ですので、その知識を全社的に役立てることが求められているわけですね。
例えば、
- 社員に対する疫学教育の実施
- 使用可能なデータベースのアセスメント
- データベース研究に関するステークホルダー(アカデミア、医療機関)との関係構築
- 新たなデータベースの開発
などがその業務のスコープになってくるかと思います。
終わりに
さて、いかがでしたでしょうか?
日本において、製薬企業における疫学専門家はまだまだ数が少なく、私の印象では各社多くても3人、2人雇えていれば万々歳、1人や0人でも驚くことではない、という状況だと推測しています。
とはいえ、企業側からの需要は非常に高いため、もしかすると「私もその仕事、気になってる」という方もいらっしゃるかもしれません。
とはいえ、まだまだ母数が少ないため、「どんな仕事をするの?」ということがわからず、アプライまで踏み切れない方もいらっしゃると想像しておりました。
私がブログを通して情報発信することで、少しでも「面白そうだな、アプライしてみようかな」と思ってくださる方が増えるといいなと思っております。
この記事で、「製薬企業の疫学専門家が何をするのか」ということを説明させて頂いたので、次は私自身のパーソナルな話として、「なぜ、どんな経緯で製薬の企業の疫学専門家になったのか」ということをお話しさせて頂きたいと思います。
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