こんにちは、すきとほるです。
【千夜千報】では、忙しくて論文を読む時間がない方に向けて、毎晩10分で読める論文紹介をお届けします。
ただ紹介するだけではなく、疫学専門家の私が考える「ここが凄いよ!」ポイントを丁寧に解説していきたいと思います。
【千夜千報】を通して、「なるほど、ここはこうやって読めば良いのか」、「このデザインは、こういう意図でやっているのか」という論文を読む・書く力を養って頂くことが狙いです。
もちろん、論文を読む際には原著を読むに越したことはありませんが、日々忙しくするなかで何十分もかけて論文を読むのは難しいという方もいらっしゃるでしょう。
そんな方が、夜寝る前のほんのひと時に、
「へぇー、こんな論文あるんだ」
「この手法、面白そうだからメモしておこう」
「これは自分の研究にも使えるかも知れないな」
などと、寝る前の物語りの代わりにでも【千夜千報】を覗いていってくださいませ。
なお、【千夜千報】では著作権の関係から、誰でも自由に閲覧できるOpenの論文のみを取り上げますので、ご留意くださいませ。
論文情報
アブストラクト(下で解説するので飛ばしてもOK)
研究デザイン
リサーチクエスチョン
良性前立腺肥大に対して使用されるαアドレナリン受容体拮抗薬はアルツハイマー病の罹患リスクを増加させるか?
デザイン
ネステッドケースコントロール研究
対象集団
MEDALZ研究から抽出された男性(24,602人がアルツハイマー患者で、98,397人がコントロール)。
MEDALZ研究はフィンランド住民を対象としており、2005-2011年にかけてアルツハイマーの診断を受けた者を含んでいる。
曝露
Prescription registerからαアドレナリン受容体拮抗薬の購入歴を特定。
対象薬剤はAlfuzosin、Tamsulosin、そしてその組み合わせ。
因果の逆転を防ぐため、アルツハイマー発症から3年以前の曝露のみを拾っています。
薬剤曝露の設定時には”その間はアウトカムが起こり得ない期間”である誘導期間+潜在期間のアウトカム発症を除外する必要があり、本論文も「薬剤曝露から3年以内はアルツハイマーは発症しない」という仮定のもと、アウトカムを除外したわけですね。
ちなみに、この研究ではあえてアルツハイマー発症以前の3年以内の曝露をターゲットにした解析も行っています。もしここでアルツハイマー発症との間に関連が見られば、それは研究者の予想通り「因果の逆転が起きている可能性が高い」ということを示唆するからです。
また、薬剤とアウトカムの量反応関係を調べるため、累積曝露量でカテゴライズした曝露を設定します。薬剤とアウトカムの因果関係を調べる上で、両反応関係があるかどうかということは非常に重要な観点です。
アウトカム
Special Reimbursement Registerに記載されたアルツハイマー病の病名で特定。
なお、全てのアルツハイマー病診断は臨床の専門家によって検証されている。
フィンランドにおいては、全てのアルツハイマー病患者に認知症薬が推奨されており、その処方には臨床の専門家によって検証済みのあるツイハイマー病診断が必要であった。
最後の一文は、アウトカムの妥当性を主張する上で効果的ですね。疫学研究では「入力されたアウトカムがどれだけ信頼できるか」ということが研究の質を判断する上で非常に大きな意味を持ちますが、そこへのガードとしてこの一文を入れているわけです。非常に丁寧ですね。
共変量
交絡因子に加えて、中間変数を調整した。
対象とした中間変数は、病院の入院回数、専門科の外来受診回数、αアドレナリン受容体拮抗薬以外の処方薬数である。
中間変数とは聞きなれない言葉が出てきましたね。これは、薬剤→X→アルツハイマーというように、曝露とアウトカムの因果関係の中間に位置する変数であり、その関係を媒介します。例えば、今回の研究で筆者らは「αアドレナリン受容体拮抗薬の処方により(もしくはその原因となる疾患により)、医療へのコンタクトが増え(中間変数)、それによりアルツハイマーが見つかる可能性が増える」という仮説を置いています。
もしこの仮説が正しいとすると、たとえ「αアドレナリン受容体拮抗薬の処方とアルツハイマーの間に因果関係がある」ことを示唆する結果が得られたとしても、それは単に「医療へのコンタクトが増えて、アルツハイマー病が見つかりやすくなっただけ」ということになります。
因果関係だけではなく、そのメカニズムにも着目した解析であり、非常に丁寧です。
解析
条件付きロジスティック回帰により、αアドレナリン受容体拮抗薬の使用者・非使用者間でアルツハイマーのリスクを比較。
条件付きロジスティック回帰とは、今回のようにケース・コントロールマッチングをした際に用いる解析手法であり、マッチンググループ内での相関関係を考慮するために使用されます。
結果と考察
TamsulosinとAlfuzosinの使用群では、非使用群に比べて統計学的に有意にアルツハイマーのリスクが増加していた。
(この論文が凄いのはここからです)
なお、交絡因子と中間因子を調整した解析では、その関連は大幅に低下した。
これはつまり、Tamsulosin・Alfuzosinとアルツハイマーの関連は、それらの薬剤によるものではなく、交絡因子・中間因子によるものであった可能性がある。
また、薬剤とアウトカムの間には量反応関係が見られなかった。
加えて、アウトカム発症以前の3年間の薬剤曝露をターゲットにした解析でも、アウトカムとの間に統計学的に有意な関連が見られた(薬剤曝露から3年ではアルツハイマーが発症しないとすると、これは理論的にはおかしな話であるから、因果の逆転が生じている可能性がある)。
以上を加味すると、本研究はαアドレナリン受容体拮抗薬への曝露がアルツハイマーの発症リスクを増加させるという可能性を強く示唆せず、解析で見られた関連は、因果の逆転によるもの、および医療機関へのコンタクトが増えたことによるものである可能性がある。
感動ポイント
いかがでしたでしょうか?
本研究の筆者らは、薬剤疫学を深く理解し、丁寧に仮説と感度分析を張り巡らせています。
メインの解析では「αアドレナリン受容体拮抗薬とアルツハイマー発症リスクとの間に統計学的有意な関連あり」となりましたが、丁寧に設定した感度分析の結果を鑑みて、「関連があるとは言えない」と結論づけているわけですね。
もし筆者らに薬剤疫学の知識がなかったらどうなっていたと思いますか?
因果の逆転、量反応関係、中間因子などを考慮することは全くなく、シンプルにメインの解析だけを行っていたかも知れません。
すると、「αアドレナリン受容体拮抗薬はアルツハイマー発症リスクを増加させる可能性がある」という、本研究の結論とは全く逆の結論が導き出されていた可能性がありますよね?
しかしながら、筆者らは非常に丁寧な感度分析のもとで因果推論を行うことで、そのような結論に安易に飛びつくことはしませんでした。
まさに、「知は力なり」と感じさせる素晴らしい論文ですね。
終わりに
千夜千報では疫学・統計学の知識を利用し、さまざまな角度から論文をクリティークしております。
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