こんにちは、すきとほるです。
【千夜千報】では、忙しくて論文を読む時間がない方に向けて、毎晩10分で読める論文紹介をお届けします。
ただ紹介するだけではなく、疫学専門家の私が考える「ここが凄いよ!」ポイントを丁寧に解説していきたいと思います。
【千夜千報】を通して、「なるほど、ここはこうやって読めば良いのか」、「このデザインは、こういう意図でやっているのか」という論文を読む・書く力を養って頂くことが狙いです。
また、医学や医学研究と関わりのない非専門家の方にも、「なるほど、話題になっているこの研究って、こういうことをやっているんだ」とお楽しみ頂けるような内容になることを心がけています。
もちろん、論文を読む際には原著を読むに越したことはありませんが、日々忙しくするなかで何十分もかけて論文を読むのは難しいという方もいらっしゃるでしょう。
そんな方が、夜寝る前のほんのひと時に、
「へぇー、こんな論文あるんだ」
「この手法、面白そうだからメモしておこう」
「なるほど、ニュースでやってた研究、こういうことだったんだ」
などと、寝る前の物語りの代わりにでも【千夜千報】を覗いていってくださいませ。
なお、【千夜千報】では著作権の関係から、誰でも自由に閲覧できるOpenの論文のみを取り上げますので、ご留意くださいませ。
論文情報
今回は論文ではなくリサーチレターの紹介。
リサーチレターとは、論文よりも詳細の記述を控えめにしており、その代わりに出版までのプロセスの迅速化を優先した科学媒体です。
重要な研究ですので、あらためて正式な論文が出版されると思いますが、結果の公表までの迅速性が大切であると判断し、まずリサーチレターを出したのだと推測します。
研究デザイン
リサーチクエスチョン
ワクチン接種群は非接種群と比較して、コロナ感染後の急性心筋梗塞・虚血性脳卒中の発症リスクが低下するか?
デザイン
後ろ向きコホート研究
対象集団
Korean nationwide Covid-19 registyとKorean National Health Insurance Service databaseから抽出。
包含条件は、
・18歳以上の成人
・2020年7月から2021年12月にかけて無症候性も含めてコロナ診断を受けた
こと。
除外条件は、
・コロナ診断3ヶ月前にアウトカムのイベントを発症している
・再感染
・30日以上コロナで入院している
・ワクチンを1回しか接種していない
・2回目のワクチン接種から7日以内もしくはそれ以前のコロナ感染
論文中にあえて「韓国ではコロナに関する報告は義務であり、Universal Health Care Coverageが確立している」と書いていますが、これはコホートの特定、曝露やアウトカムの入手において、漏れが少ないであろうことをアピールしています。
データベースを使った後ろ向き研究では、このように「そのデータベースがどれだけ信用できるか」というアピールを行うことが大切になります。
曝露
2回のコロナワクチン接種群と完全未接種群での比較。
接種歴はKorean natiowide Covid-19 registryから抽出。
アウトカム
Primary Outcome: コロナ感染の30日から120日以内に起きた急性心筋梗塞または虚血性脳卒中による入院
なお、病名は診断コードと画像診断実施の組み合わせで判定。
医療データベース研究では、どのようにして確実に病気を拾い、また誤って病気じゃない人を拾わないかが大切になります。ここでは、診断コードに加えて画像診断の実施を組み合わせることで、より確実に”急性心筋梗塞または虚血性脳卒中ではない人”を拾わないようにしたわけですね。
こうしたアウトカムの定義によって容易に最終結果が変わってしまいますので、アウトカム定義は非常に慎重に決定する必要があります。
さて、アウトカムですが”コロナ感染から30日以内”の発症はカウントしていませんね。
なぜでしょうか?
これはコロナ感染直後のアウトカムを拾ってしまうと、それらが本当にコロナ感染の合併症として生じたものなのか、それともコロナとは関係のないところで生じたものなのかが区別できないからです。
誘導期間・潜在期間とも言いますが、このようにアウトカムを拾う際には「理論的には曝露から数えてアウトカムが起こり得ない期間」のアウトカムを除外せねばなりません(たとえば、薬剤Aを飲んで1日後に癌が発生していても、それが薬剤Aのせいである可能性は非常に低いでしょう)。
Secondary outcomeとして複合ではなく個別の疾患をアウトカムに設定。
解析
逆確立重み付け法(Inverse Probability Treatment Weighting)で2群間の背景因子のバランシングを実施。
IPTWとは、ワクチンを接種する確立である傾向スコアを各患者ごとに計算し、それを用いて「全ての患者がワクチンを接種した」、「全ての患者がワクチンを接種しなかった」という疑似コホートを作り上げるための統計手法です。
この手法を用いることで、サンプルサイズを減らすことなく、測定できている背景因子に関しては両群間でバランスが取れたコホートを作り出すことができます。
その後、共変量に年齢、性別、併存疾患、過去の急性心筋梗塞・虚血性心疾患の発症歴、コロナの重症度を含み、比例ハザードモデルによる解析を実施。
比例ハザードモデルでは、単にアウトカムのありなしだけではなく、アウトカムが発症するまでの時間も加味した解析を行います。
結果と考察
最終的に231,037名の患者が解析に包含され、そのうち62,727名がワクチン未接種群、168,310名がワクチン2回接種群であった。
ワクチン2回接種群は未接種群に比べて年齢が高く、併存疾患が多く、またコロナの重症患者割合が少なかった。
未接種群に対する接種群のアウトカム発症の調整済みハザード比は0.42 (95%CI: 0.29-0.62)であった(つまり、ワクチン接種群で大きくアウトカム発祥のリスクが低下していた)。
また、患者の特性ごとに集団を分けて実施したサブグループ解析においてもこの傾向は一貫していた。
この結果は、ワクチン接種とコロナ感染後の急性心筋梗塞・虚血性心疾患の発症リスク低下との間に関連があったことを示唆しており、特に心血管疾患のリスクがある者に対してはワクチン接種を実施をサポートする結果であった。
上の結果はあくまでも「関連」を述べているに過ぎず、「因果関係」とは言っていないことに注意が必要です。
本研究の結果は力強く、因果関係を推論する一助となるものの、一方で測定されていない交絡因子があること、データベースに記録されたアウトカムの妥当性が不明であることなどのリミテーションがあり、「ワクチン接種とアウトカムのリスク低下には因果関係がある」と言い切るにはさらなる研究が必要です。
また、ワクチンへの曝露から追跡開始までに期間が空いていることも気になります。
今回はまず先にワクチンへの曝露があり、そしてその後コロナに感染した時点で追跡が始まりますので、曝露と追跡開始時点が一致していません。この場合、Prevalent user biasと呼ばれる選択バイアスの一種が生じているリスクがあり、ワクチン接種群と非接種群で患者プロファイルが異なっている可能性があります。
終わりに
千夜千報では疫学・統計学の知識を利用し、さまざまな角度から論文をクリティークしております。
この記事で登場する知識は、『疫学に関する記事まとめ』としてこちらの記事の中にまとめてありますので、『もっと突っ込んで疫学を勉強したい!』という方は、ぜひこちらの記事を眺めてみてください。
トピックごとに専門性を深めるような記事もあれば、初心者向けの疫学・統計学の書籍や、無料のオンラインセミナーの紹介なども行っております。
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