こんにちは、すきとほる疫学徒です。
薬剤疫学に関心のある皆さんにとって、いま最もホットなトピックはCovid-19ワクチンの有効性・安全性でしょう。
テレビのニュースやツイッターなどで、定期的にCovid-19ワクチンの有効性・安全性に関する薬剤疫学研究が紹介されています。
さて、そんなCovid-19ワクチンに関する薬剤疫学研究のタイトルに、”Test-negative design”という用語が使われているのを目にしたことはありませんか?
私もこれ、Covid-19ワクチン関連の観察研究の論文を読むまでは知らなかったのですが、Real World Dataを用いてワクチンの有効性・安全性を調べる際に、よく用いられるStudy designなのです。
本日は、そんなTest-negative designについて解説していきたいと思います。
Test-negative designを使用した研究たち
試しにPubmedで、”Test-netgative design” AND Covidで検索してみますと、以下のようにTest-negative designを使った研究が複数見つかりました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/?term=%22Test-negative%20design%22%20AND%20Covid&sort=date&page=3
ここら辺で引用を止めますが、PubmedではまだまだTest-negative designと名のついたCovid-19ワクチン研究が掲載されています。
これらの研究の中で、特に注目されたのはNew England Journal of Medicineに掲載された以下の研究でしょうか。
NEJMは上記の論文に合わせて、Test-negatieve designを解説するために以下のEditorialsを掲載しており、このことからもTest-negatieve designが大きな注目を集めていることが伺えます。
Covid-19ワクチンに関する研究が世界的な注目を集める中で、このように多くの研究が研究デザインとしてTest-negative designを選択していることを考えれば、薬剤疫学に関わる方にとってはTest-negative designは必須の知識かもしれませんね。
さて、そうして昨今注目を集めるTest-negative designですが、最初に使われたのはReal World Dataを用いてインフルエンザワクチンの有効性を調査した研究においてのようです(調べきれていないかもなので、もし間違っていたら教えてください)。
有名なのはこちらの論文で、インフルエンザワクチンの有効性を研究する上でのTest-negative designの使い方を解説してくれています。
Test-negative designとは
ここからは、Test-negative designとはどんな研究デザインであるか解説していきましょう。
Test-negative designにおいては、まずコホートを”ワクチンのターゲットである疾患に罹患した疑いがあり(インフルやコロナワクチンを対象にするなら、呼吸器症状を有する)、検査を受けた患者”に限定します。
Covid-19を例にすれば、Covid-19を疑わせる呼吸器疾患があり、来院し、Covid-19の検査を受けた患者がコホートになります。
そして、その検査結果が陽性の患者をCaseに、陰性の患者をControlにし、Covid-19ワクチンの有効性を、”1 – ワクチンのCovid-19発症に対するオッズ比”で計算します。
例えば、Case100名、Control100名のうち、ワクチン接種者はCase20名、Control80名だったとしましょう。
この時のオッズ比は、(20/80)/(80/20) = 0.0625 ですね。
すると、有効性は 1 – 0.0625 = 0.9375 (93.75%)と計算されます。
Test-negative designにおけるコホート選択を図にすると、以下のようになります。
この四角の中をコホートとした研究デザインということですね。
ちなみに、Test-negative designが検査陽性・陰性患者をそれぞれ抽出してくることから、Test-negative case-control designと呼ばれることがありますが、これは間違いです1。
なぜなら、一般的なCase-control studyでは個々の対象者がコホートにサンプリングされてくるかどうかはアウトカムを経験しているかどうかに依存しますが、Test-negative designでは個々の対象者のアウトカムが判明する前にサンプリングが行われます(上の図で、検査陽性・陰性が判定される前のオレンジ丸の時点でコホートにサンプリングされていることが分かるかと思います)。
Test-negative designの強み
交絡バイアスに関する強み
ワクチンの接種者・非接種者間でCovid-19の発症リスクを比較する際、特に気をつけなければならないバイアスはなんでしょうか?
そう、Health seeking behavior biasですね。
ワクチン接種者とワクチン非接種者では、「Covid-19に罹患しないよう、色々と健康行動には気をつけなくちゃ」というHealth-seeking behaviorが系統的に異なっている可能性があります。
Health-seeking behaviorが良い方は、Covid-19を予防するために積極的にワクチンを接種しようとするでしょう。また、マスクの着用、3密をより避けるなど、ワクチン接種以外の点でもCovid-19の罹患リスクを下げるような行動をとっていると想像できます。
すると、ワクチン接種自体にはCovid-19の予防効果がなくとも、その背景にあるHealth-seeking behaviorの系統的な差異により、ワクチン接種群においてCovid-19の罹患リスクが見掛け上は低下したように見えてしまうというバイアスが起こります。
交絡バイアスの一種ですね。
この時、Test-negative designを用いる、つまりコホートを”来院し、Covid-19の検査を受けた患者”に限定すること、来院&検査受診という共通したHealth-seeking behaviorをとった患者間のみを研究の対象とすることができます。
来院&検査受診という同様の行動をとった患者は、他のHealth-seeking behaviorにおいても比較的乖離が小さくなっていると想定できますので、Health-seeking behavior biasを軽減することができるわけです。
誤測定バイアスに関する強み
Test-negative designでは、Covid-19の検査を受けた患者のみを対象にします。
よって、この検査の精度が100%だとすると、全ての患者のCovid-19発症状況を誤ることなく測定できることになります。
一方、Covid-19の検査を受けていない患者も研究対象にしてしまった場合には、それらの患者においてCovid-19が発症していたかどうかは不明です(検査を受けていないので当然ですね)。この場合、アウトカムの誤測定(というかそもそも測定ができない)が生じることになります。
Test-negative designの弱み
本項の記載は、以下の論文を参考にしております。
こちらの論文では、数式ベースで「どのような条件下であれば、Test-negative designにより、母集団におけるワクチン効果をバイアスなく推定できるのか」ということを解説しており、大変参考になるため、本記事を読み終えた後にご一読することをお勧め致します。
なお、やや複雑になるため本記事では解説しておりませんが、Test-negative designによって母集団のワクチン効果をバイアスなく推定するためには、「Health-seeking behaviorが等しい患者集団において、ワクチン接種群と非接種群の間では非Covid-19呼吸器疾患の発症割合が等しい」という仮定が必要になります(参照論文の項2〜4の数式をご覧になってください)。こちらはTest-negative designを用いる上では知っておくべきことであり、その意味でもこちらの論文をぜひご参照ください。
研究結果の一般化可能性が下がるリスクがある
Test-negatie designのコホートは、”Covid-19の疑いがあって来院&検査”を受けた方達のみで形成されます。
では、このコホートで推定された「Covid-19ワクチン接種のCovid-19罹患抑制効果」は、”Covid-19の疑いがなく来院せず” or ”Covid-19の疑いがあったが来院せず” or ”Covid-19の疑いがあって来院したが、検査せず”といった方々にも外挿することができるでしょうか?
おそらく難しいでしょう。
例えば、金銭的に余裕がない or 保険でカバーされていない患者は、Covid-19の疑いがあっても医療機関を受診せず、また元々の健康状態が悪かったとします。こういった方々においては、元々の健康状態がEffect modifierとなり、Test-negative designのコホートで得られたCovid-19ワクチンの因果効果が修飾されてしまう可能性があります。
となると、Test-negative designの結果を、コホートに含められなかった患者に適応することはできず、「”Covid-19の疑いがあって来院&検査”を受けた方達におけるCovid-19ワクチンのCovid-19抑制効果」という非常に限定的なコホートでの研究となってしまいますね。
Health seeking behavior bias以外の交絡バイアスの影響を受ける可能性がある
Test-negative designによって、Health seeking behavior biasのインパクトを低減できると説明してきましたが、ワクチンの因果効果を調べる上で、それ以外にも気をつけるべき交絡バイアスは存在します。
例えば、ワクチン接種前のCovid-19患者との接触経験などです。
近くCovid-19患者に接触経験を持つ方ほど、Covid-19を恐れて急遽ワクチンを接種するでしょうし、また接触経験があるため当然Covid-19の発症リスクも増加するでしょう。すると、Covid-19ワクチンの接種者において見かけ上のCovid-19発症リスクが増加するという交絡バイアスが生じる可能性があります。
検査の妥当性によってアウトカムの誤測定バイアスの影響を受ける可能性がある
Test-negative designは、Covid-19の検査の結果によってアウトカム(Covid-19)の有無を決定します。
そのため、この検査の妥当性によってアウトカムの誤測定バイアスの影響が生じます。
なおアウトカムの誤測定バイアスは、Non-differential biasであれば、リスク比推定には提供なし、オッズ比推定はbias towards the nullを生じることが知られており、Differential biasはToward the null/away from the nullのどちらも生じ得ます。
変数定義の妥当性が研究結果にどう影響を与えるかということは、こちらの記事で解説しているので、ぜひご覧になってみてください。
Seasonalityによるバイアスを受ける可能性がある
こちらはCovid-19の例だとやや分かりにくいため、インフルエンザの例を用いて説明します。
皆さんご存知の通り、インフルエンザの流行、そしてワクチン接種には季節性があります。
この季節性は、Test-negative designを実施する上で2つの重要な意味を持ちます。
まず、季節性を加味しないことで、Immortal time bias(不死時間バイアス)が生じる可能性があります。
Test-negative designでは呼吸器疾患により来院し、かつワクチンの対象となる疾患の検査を受けた患者をコホートにサンプリングしますが、インフルエンザの流行時期以外に呼吸器疾患で来院し、インフルの検査を受けた患者をコホートに含めてしまうと、この患者は”理論的にはインフルエンザのリスクがないであろう時期(Immortal time)”にサンプリングされた患者となります。
このImmortal time biasがどちらの方向に行くかは、Immortal timeにおけるワクチン接種割合に影響されますが、例えばインフルエンザ非流行期のワクチン接種割合がゼロだと仮定すると、Immortal timeにサンプリングされた患者は、ワクチン非接種者かつ非インフルエンザ患者のみとなるため、unfavorable to vaccinationの方向へとバイアスがかかることになります。
このようなImmortal time biasを避けるため、Test-negative designにおいてはしばしばインフルエンザの流行期意外に呼吸器疾患で来院した患者はコホートから除外しているようです。
次に、Calender timeによる影響です。
Calender timeはインフルエンザのワクチン接種およびインフルエンザ以外の呼吸器疾患の罹患(アウトカムにおけるインフルエンザを1とすると、こちらが0)と相関関係があると考えられます。
よって、Calender timeが交絡バイアスを引き起こす可能性があるため、Test-negative designにおいては殆どがCalender timeを調整した解析を実施しているようです。
Test-negative designが測定するワクチン効果について
Test-negative designが測定するワクチン効果は、”医療機関の受診を要したCovid-19への効果”であり、これは”Covid-19への効果”とは同一視してはなりません。
例えば、一部の患者においては、Covid-19ワクチンはCovid-19の発症自体は予防しないが、発症後の重症化を抑える効果を発揮するとしましょう。
この時、これらの患者はCovid-19が軽症化したため、医療機関を受診せず、Test-negative designのコホートから外れることになります。
つまり、Test-negative designが推定している”医療機関の受診を要したCovid-19への効果”とは、”Covid-19への効果”と”Covid-19の重症化への効果”という2つの予防効果を複合したアウトカムとなるわけですね(ワクチン接種群でCovid-19発症がコホートから除外されることになるので、favorable to vaccinationの方向へ結果が向かいます)。
終わりに
以上でTest-negative designの解説は終わりです。
Covid-19の流行によりワクチンの有効性・安全性というリサーチクエスチョンに世界的な注目が集まりました。
また、それに応じてTest-negative designを用いたCovid-19ワクチンに関する論文が、High impact factorなjournalに掲載されたものを含めて数多く出版されることになり、Test-negative design自体にも注目が集まっています。
Covid-19の流行がなければ、少なくとも私は現時点でTest-negative designを認知していることはありませんでしたので、薬剤疫学とはまさにPublic Healthの学問の一つであると言いますか、世界が抱える健康問題を解決するために活用される学問であると、改めて感じました。
流行によらずに薬剤疫学の基礎を学んでいくことは言わずもがな何より重要だと思いますが、それと同時に流行(その時々の疾患や薬剤の趨勢など)と共にフォーカスポイントが変化していく薬剤疫学の応用手法に関しても、しっかりとキャッチアップしていかねばならないな、と思わされた事例でした。
私などはまだ卵から孵ったばかりのピヨピヨ専門家ですが、世界の薬剤疫学をリードし続けている疫学専門家たちは、何十年も欠かすことなく薬剤疫学という学問と、それを活用すべき世界に目を向け続けているのだと思うと、本当に頭が上がりません。
長くなりましたが、本日もお読みくださりありがとうございました。
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