こんにちは、すきとほる疫学徒です。
2018年のGPSP省令の改正により医療大規模データベースを製造販売後調査に使用できるようになりました。
これ以降、日本の製薬企業における医療大規模データベース(医療DB研究)への関心が急激に高まっており、どの社も追いつけ追い越せでReal World Data関連の部署やプロジェクトの立ち上げを行なってきたことだと思います。
しかしながら!
Real World Data、特に医療DBには良い面だけでなく、悪い面もあります。
オーダーメイドで研究デザインを組んで実施するランダム化比較試験とは違い、医療DB研究は他の目的で集められた医療データを、疫学研究のために二次利用する類の研究ですから、それはまぁあっちこっちに落とし穴があるんですよ。
医療DB研究を専門している疫学家や統計家は、そうした落とし穴を機敏に察知しながら、「ここは危ないから、ああデザインしよう、こう解析しよう」などと細かく考えながら研究を進めています。
今回は、「医療DB研究の知識があんまりない、でも仕事で使わないといけない」という製薬企業の社員さんに向けて、何よりも気をつけるべき*の鉄則をお伝えしたいと思います。
ちなみに、医療DB研究の落とし穴についてはこちらの記事で説明しているので、併せてお読みくださいませ。
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鉄則① プロジェクトには必ず疫学家・統計家をアサインしよう
先ほどもお伝えした通り、医療DB研究にはさまざまな落とし穴があり、誤った解釈で実施された研究は、バイアスにまみれた誤った結果をもたらします。
誤った結果は、誤った医療プラクティスに繋がりますので、「何の意味もない」どころか、患者さんや医療者にとってネガティブなインパクトをもたらす可能性がありますね。
そのような医療DB研究の落とし穴を回避するために、疫学家や統計家は日夜勉強に励んでおります。
ですので、医療DB研究を実施する際には、必ず十分に経験のある疫学家・統計家の双方をアサインするようにしましょう。
例えば、あなたが治験を行う部署や、製造販売後の使用成績調査を行う部署に所属していたとして、とあるプロジェクトのメンバー全員が治験の経験がない、使用成績調査の経験がないという状態だと、「いやいやいや、絶対無理だから、ちゃんと専門の部署に聞いてよ!痛い目見るよ?!」ってなりますよね?
それと同様に、医療DB研究も餅は餅屋で、専門家をアサインしましょうね、ということですね。
ちなみに、疫学と統計学はオーバーラップするところも多い専門性で、疫学がメインの人はサブスペシャリティとして統計学を学び、その逆もまた然りなのですが、コアとなる専門性はまったく異なっているので、医療DB研究を実施するにあたっては双方をアサインする必要があります。
アサインする疫学家・統計家を選ぶ際には、以下の経験を確認した方が良いでしょう。
- 製造販売後DB調査に参加した経験
- 少なくとも一種類の日本の医療DBを自ら解析した経験
- 医療DB研究の研究計画書、論文を執筆した経験
外部の企業(以下、ベンダー)に医療DB研究のコンサルを依頼するとしても、それとは別に社内の疫学家・統計家のアサインを忘れてはいけません。
というのも、製薬における医療DB研究の活用が始まったばかりの日本では、ベンダー側にも医療DB研究の十分なスキルがないということがあるからです。
というか、私の感覚では十分なスキルを備えた医療DBベンダーの方が珍しいという印象です…
ですので、コンサルを依頼した医療DBベンダーが本当に適切なスキルを持っているかどうかを随時アセスメントするためにも、やはり社内で独自に外部の企業(以下、ベンダー)に医療DB研究のコンサルを依頼するとしても、それとは別に社内の疫学家・統計家をアサインする必要があるでしょう。
鉄則② 疫学家・統計家のアサインは早ければ早い程よい
医療DB研究を行うときには、少しでも早く疫学家・統計家をアサインすべきです。
理想的なタイミングは、「このテーマで研究できないかな?」と思ったその瞬間です。
つまり、プロジェクトがまさに産声を上げようとしたその瞬間ですね。
よく耳にする失敗例は、既に使用する医療DBを決めてしまった後、研究計画書を書き進めてしまった後に疫学家・統計家をアサインするということです。
例えば、「薬剤Aと薬剤Bで、どちらが投与後の癌の発生リスクが高いか比較したい」というテーマで医療DB研究を計画していたとしましょう。
このとき、まず疫学家・統計家がやることは、上記の漠然としたクリニカルクエスチョンを、研究に耐えうるリサーチクエスチョンに昇華させることです。
例えば、
薬剤Aの比較対象として、本当に薬剤Bは適切なのか?
その適応症を持つ患者同士で、比較可能性を確認できるだけの情報は医療DBから得られるのか?
癌の発生までの潜在・誘導期間はどの程度で、医療DBで十分患者は追跡できるのか?
そもそもアウトカムである癌は高い確度で拾うことができるのか?
サンプルサイズは十分にあるのか?
などです。
疫学家・統計家は、こうした医療DB研究の落とし穴を先読みしながら、漠然としたクリニカルクエスチョンを、明確なリサーチクエスチョンへと昇華していきます。
つまり、リサーチクエスチョンを作るためにも疫学・統計学の専門性が必要であるということですね。
ここを疎かにし、リサーチクエスチョンを曖昧にしたまま研究をすすめてしまったり、選択した医療DBでは実現不可能はリサーチクエスチョンを掲げたまま研究を進めてしまうと、その皺寄せが必ずどこかで来ます。
ですので、疫学家・統計家はプロジェクトが産声をあげたその瞬間から、必ずアサインするようにしましょう。
おそらく、製薬企業で働く疫学家・統計家の方は少なからず以下のようなシチュエーションに遭遇したことがあると思います。
「この医療DBでこんな研究をやる予定なんだけど、ちょっと助言くれない?」
「このリサーチクエスチョンで研究をやる予定なんだけど、どの医療DBを使えばいい?」
「研究計画書ができたんだけど、レビューしてくれない?」
そして残念ながら、結構な割合で、ときすでに遅し、もはや医療DB研究の落とし穴を回避不可能な段階まで進んでしまっているということもかなり頻繁にあると聞いています。
例えば、「薬剤AとBで癌の発症リスクを比較したいのに、両群の比較可能性を担保できるだけの十分な情報が得られない」など、選択した医療DBではもはや想定したリサーチクエスチョンに回答不可能な状況です。
こうなると、そもそものリサーチクエスチョンを修正するか、医療DBを選択しなおすかしかありません。
いずれにせよ、研究計画はほぼ白紙に戻るといってもいいでしょう。
そうなると、それまでプロジェクトメンバーが費やしてきた時間が無駄になりますし、またすでにベンダーと契約して医療DBを購入してしまっていた場合には、もう目も当てられない事態になります…
このような事態を未然に防ぐため、医療DB研究を行う際には、必ず最も早い段階、プロジェクトが産声をあげたまさにその瞬間に、疫学家・統計家をアサインした方が良いでしょう。
鉄則③ ベンダーにコンサルを依頼する際は、契約の前に医療DB研究の専門性をアセスメントしよう
「くどいっ!!!!!!」という声が聞こえてきそうですが、大事なことなので3度目です😂。
鉄則①にて、医療DB研究の萌芽期の製薬業界においては、医療DBベンダー側にも医療DBのスキルがない可能性があること、それをアセスメントするために製薬側からもやっぱり疫学家・統計家をアサインする必要があることをお伝えしました。
ただ、必ずしもアセスメントする際に疫学家・統計家をアサインできないシチュエーションもあると思いますので、その際は以下の点に気を付けて医療DBベンダーのスキルをアセスメントすると良いと思います。
- 会社として、製造販売調査で医療DB研究のコンサルをした経験はあるか
- プロジェクトを担当する疫学家は、医療DB研究の論文を過去に何本出版しているか
- プロジェクトを担当する疫学家は、自ら医療DBを解析した経験をどれだけ有するか
- 医療DB研究は、実臨床のプラクティスへの深い理解が必要だが、どのようにしてその部分は担保するつもりか
製造販売後DB調査においては、疫学・統計学の知識、医療DB研究の知識、実臨床の知識、PMDA対応の知識という4本の柱が必要になりますので、そのそれぞれに対してどれだけの経験があるのかということを丁寧にチェックしていきましょう。
鉄則④ 研究を始める前に必ず実現可能性をチェックしよう
医療DBは万能ではありません。
鉄則①、②で書いた通り、医療DBにもできることとできないことがあります。
いやむしろ、医療DBがリサーチクエスチョンに見事ハマり、綺麗なデザインで研究ができるという状況の方が多いでしょう。
ですので、医療DB研究を行う際には、研究を始める前にその実現可能性をチェックしなければなりません。
実現か可能性調査をして、「おっしゃ、このリサーチクエスチョンなら、この医療DBで期間内にいけそうだわ」と確信できて初めて、医療DB研究を実施することができるわけですね。
肝心の実現可能性調査については、以下の記事で紹介しておりますので、併せてご覧ください。
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こんにちは、すきとほる疫学徒です。 医療大規模データベースを行う際に、 「沢山データベースがあるけど、どうやって選んだらいいの?」 「そもそもデータベース研究の実現可能性って、どうやって調べるの?」 […]
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鉄則⑤ 早い段階でバリデーション研究の要否を確認しよう
こちらは製造販売後調査の枠組みでデータベース調査を行う際の注意点です。
PMDAは製造販売後DB調査において、用いるアウトカム定義の妥当性を確保することを求めており、その際に実施される研究がバリデーション研究です。
バリデーション研究は、メインのDB調査とは完全に切り離された一つの研究であり、メインの調査と同様に研究計画書を書き、PMDAと合意を形成し、プロジェクトを進める必要があります。
つまり、製造販売後調査においてDB調査を行う際には、メインのDB調査とバリデーション研究の2本が並行して走る可能性があるというわけですね。
バリデーション研究のご経験がない方だと、この重み付けを見誤り、「DB調査のための補助的調査にすぎない」くらいの見積もりで予算、人材、時間を捻出されるかもしれませんが、その見立てだと実際の負担を大きく過小評価してる可能性があります。
バリデーション研究、かなり大変なんです…
個人的には、メインのDB調査の3/4程度の負担感をもって、見積もりを立てていた方が良い気がします(完全に個人の憶測ですので、ここはあまり参考になさらないでください)。
というわけで、製造販売後DB調査を計画している時には、なるべく早い段階で、できればPMDAに製造販売度DB調査の打診をしたときにはバリデーション研究の要否の感触を確かめておくべきだと思います。
なお、バリデーション研究の要否の考え方や、PMDAが発出してるバリデーション研究のガイドラインに関してはこちらの記事で解説しておりますので、併せてお読みください。
こんにちは、すきとほる疫学徒です。 このシリーズでは、アウトカムの誤測定がもたらす影響、誤測定を減らすための妥当性研究、PMDAによる妥当性研究のガイドラインなどに触れていくことで、「薬剤疫学研究において、なぜより正確なア[…]
鉄則⑥ 「コストが低いから」という理由だけで医療DB研究を実施しない
医療DB研究の魅力の一つは、時間的、人的、経済的なコストの低さです。
膨大な予算と人員を使ってデータを集めるタイプの調査と違い、医療DB研究では既に手元にあるデータを使って研究を行うわけですから、医療DB研究を使えば桁が一つ分くらいお得になるということもあり得るかと思います。
しかしながら、コストだけで研究手法を選択してはいけません。
先ほども述べた通り、医療DB研究にはさまざまな制約があり、誤った使い方をすると、患者さん、医療者にネガティブな影響をもたらすことになります。
だから、コストだけで医療DB研究という手法を盲目的に選択するのではなく、疫学家・統計家と共に実現可能性調査を行い、「本当に医療DB研究で私たちのリサーチクエスチョンに答えられるだろうか」と慎重に精査を重ねる必要があります。
もちろん、研究コストというのは研究手法を選択する上での重要なファクターの一つですから、それを度外視して研究手法を選択するというのも問題でしょう。
私が言いたいのは、コストという天秤の片方だけを見て研究手法を選択するのは危ないよ、ということです。
右のお皿にはコストが、左のお皿にはそれぞれの研究手法の妥当性が置かれている状況で、ある部分においてはコストを、またある部分においては研究手法を、というように、双方のバランスを見て研究手法における意思決定をしていく必要があると思います。
冷静な判断をされる皆さんからしたら当たり前に聞こえるかもしれませんが、SNSを見ておりますと、稀に「医療DB研究はコストが安いから、ときかく医療DB研究をやるんだ」という猪突猛進な事例に出くわすことがありますので、あえて今回鉄則に加えてみました。
終わりに
いかがでしたでしょうか?
お伝えしたかったこととしては、
- DB研究には落とし穴がたくさんあって、誤った結果は患者さん、医療者にネガティブインパクトを与えるよ
- だから専門家を可能な限り早くアサインしようね
ということに尽きるかと思います。
とはいえ、医療DB研究の専門性を持つ疫学家・統計家がまだまだインダストリーにおいて少ないことは事実です。
「誰も相談できる相手がいない、でも医療DB研究をやらざるを得ない」という状況もあるでしょう。
そんな時に、「MPHに行って勉強してくるんで、2年間待っててください」なんて言えるわけもありません。
そういった方に、少しでも医療DB研究に慣れ親しんで頂くためにこのブログを運営しておりますので、もし「こんな記事を書いてくれ!」という要望がありましたら、どしどしご連絡頂けますと幸いです。
・医療DB研究の専門家である疫学家・統計家をいち早くアサインしよう
こちらの記事では医療大規模データベース研究を始めた方に向けて、どのような点に気をつけて研究を進めれば良いかを解説しています。
こんにちは、すきとほる疫学徒です。 本日は、私が大学院時代に医療大規模データベース研究のマスターから教わった、医療大規模DB研究の心得を紹介したいと思います。 マスターは30代ながらに既に医療大規模DB研究を100本[…]
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