Lancet姉妹紙が大失態?! リアルワールドデータに潜むImmortal time biasとは?

 

こんな人におすすめの記事です。

  • リアルワールドデータを使った研究に興味がある
  • 疫学を専門に学んでおり、Immortal time biasについて学びを深めたい

 

こんなお悩みを解決します。

『リアルワールドデータ研究で耳にするImmortal time biasってなに?』

 

この記事では国立大学と外資系企業で疫学専門家として働く私が、Lancet姉妹紙で起こった大しくじりをもとに、Immortal time biasを分かりやすく解説します。

 

 

Immortal time biasってあんまり耳にしないかもだけど、Lancet姉妹紙のしくじりから分かるとおり、実は超重要だよ

 

本ブログは、私個人の責任で執筆され、所属する組織の見解を代表する物ではありません

      

    

    

    

Lancet姉妹紙の大チョンボ?

Lancet Infectious Diseaseは、その名の通り4大医学誌の一つLancetの姉妹紙であり、感染症領域におけるトップジャーナルの一つです。

https://www.scimagojr.com/journalrank.php?category=2725

    

そんなLancet Infectious Diseaseにひとつの論文が掲載されました。

    

Aggarwal NR, Molina KC, Beaty LE, Bennett TD, Carlson NE, Mayer DA, Peers JL, Russell S, Wynia MK, Ginde AA. Real-world use of nirmatrelvir-ritonavir in outpatients with COVID-19 during the era of omicron variants including BA.4 and BA.5 in Colorado, USA: a retrospective cohort study. Lancet Infect Dis. 2023 Feb 10:S1473-3099(23)00011-7. doi: 10.1016/S1473-3099(23)00011-7. Epub ahead of print. PMID: 36780912.

    

一言でいうと、こんなことを調べた論文です。

パキロビットというCovid-19の治療薬を飲んだ人では、飲んでない人と比べるとCovid-19発症後の入院リスクが下がるか

    

詳細は後で説明しますが、この研究の結果として

パキロビット治療群は、非治療群と比べてCovid-19発症28日以内の入院リスクが低下した可能性がある

    

ということが報告されました。

    

実際に数字で表現すると、入院発生割合は

  • パキロビット治療群:0.9%
  • 非治療群:1.4%
  • オッズ比:0.45 (95%CI: 0.33-0.62)

    

と、パキロビット治療群おいて大きく入院発生割合が低下していることが分かります。

    

    

この結果をもとに、論文の著者らは「本研究のデータはパキロビットがCovid-19治療のファーストラインの治療薬として選択されることを支持する」すると結論しています。

    

    

これだけを読むと読者は「ふーん、パキロビットって良いんだ」と思うかもしれません。

    

しかしながら、実はこの研究には大きなバイアスが存在し、Twitter上で海外の疫学者(下のツイートのDr. Tracy Høeg)がそれを指摘したことで、Lancet Infectious Diseaseのレビュワーやエディターたちが見逃していたしくじりが明らかになりました(指摘の内容は後ほど解説しますので、ここでは英文は飛ばしてOKです)。

    

本件が特に脚光を浴びた理由はこんなところでしょう。

  • しくじりの原因が、Immortal time biasという疫学者なら誰もが知っていて、避けるべきバイアスであった
  • そのバイアスをLancet Infectious Diseaseという感染症領域のトップジャーナルが見逃し、論文が世に公開された

    

    

    

    

どんなしくじりがあったのか

しくじりの原因はImmortal time biasという疫学ではメジャーなバイアスの一つです。

    

Immortal time biasは”不死時間バイアス”とも呼ばれ、「Study design上はイベントが起こり得ないはずの時間におけるイベントをアウトカムとしてカウントすることで生じるバイアス」です。

    

ちょっと良くわからないと思うので、今回の論文をもとに解説しましょう。

    

    

今回の研究の概要は以下です。

  • データ:アメリカの大学病院の電子カルテデータベース
  • 対象者:Covid-19の陽性者
  • 比較:パキロビット群 vs 非治療群
  • アウトカム:Covid-19陽性28日以内の全入院
  • 解析手法:PSマッチによるロジスティック回帰

    

ポイントは、

  1. 臨床試験ではなく電子カルテデータベースというリアルワールドデータを用いていること
  2. パキロビット群の比較群が他剤の治療群ではなく、非治療群であること
  3. アウトカムのカウントをCovid-19陽性診断時点から行ったこと

です。

    

    

さて、筆者らはアウトカムであるCovid-19陽性28日以内の全入院のカウントを、治療開始後ではなく患者判官のタイミング、つまりCovid-19陽性診断時点から行いました。

    

これがImmortai time biasの原因となっています。

    

    

解説しましょう。

    

パキロビット治療群は、「Covid-19陽性と診断され、(待機期間ゼロを含んで)パキロビットの治療までに入院を経験しなかった患者」で構成されます。

なぜなら、パキロビット治療開始までに入院してしまった患者は非治療群としてカウントされるからですね。

    

つまり、パキロビット治療群になった患者たちは「Covid-19陽性診断からパキロビット治療開始までは絶対に入院を経験しなかった時間」を経験しているということになります。

    

図にすると以下です。

    

上がパキロビット群、下が非治療群であり、パキロビット群にはImmortal time、つまり絶対に入院を経験しない期間というものが存在していることがわかります。

    

実際に論文の図でも、追跡開始直後に入院を経験しているのは非治療群だけになっていることがわかりますね。

Aggarwal NR, Molina KC, Beaty LE, Bennett TD, Carlson NE, Mayer DA, Peers JL, Russell S, Wynia MK, Ginde AA. Real-world use of nirmatrelvir-ritonavir in outpatients with COVID-19 during the era of omicron variants including BA.4 and BA.5 in Colorado, USA: a retrospective cohort study. Lancet Infect Dis. 2023 Feb 10:S1473-3099(23)00011-7. doi: 10.1016/S1473-3099(23)00011-7. Epub ahead of print. PMID: 36780912.

    

オレンジ線が非治療群、青線がパキロビット治療群ですが、追跡開始直後のDay 0でイベントが発生しているのは非治療群のみです。

    

    

このように、本来は治療群であるパキロビット群になるはずだった患者(つまり潜在的なパキロビット群患者)も、パキロビット治療前に入院を経験してしまうと必然的に非治療群に組み込まれてしまうわけです。

すると、系統的に非治療群における入院イベントが高頻度で発症することになってしまいます。

    

これがImmortal time bias、つまりアウトカムが発症し得ない期間に起こったアウトカムを一方の群にのみ組み込むことで発生するバイアスです。

    

    

より分かりやすく説明するため、Target trial emulationという考え方を導入しましょう。

    

これは、「観察研究を行う際にも、ターゲットとなる臨床試験を想定し、それとの対比という形で観察研究をデザインすることで観察研究で生じやすいバイアスを自覚し、対処するための思考法」です。

    

    

たとえば、今回の論文においてTarget trial、つまりターゲットとなる臨床試験のプロセスを想定するとすればこのようになるでしょう。

  1. 患者の包含:Covid-19の陽性診断
  2. 治療割り付け:パキロビットと非治療をランダムに割り付け
  3. 追跡開始:治療割り付け直後から入院イベントを追跡

   

つまり、

「患者包含→治療割り付け→追跡開始」という順番で臨床試験が進みます。

   

   

では、今回のリアルワールドデータを使った観察研究ではどのようなプロセスになっていたでしょうか?

  1. 患者包含:Covid-19の陽性診断
  2. 追跡開始:包含直後から入院イベントを追跡
  3. 治療割り付け:追跡開始後にパキロビット治療の有無で群分けを行う

   

そうです、Target trialと違って治療割り付けの前から追跡を開始してしまっていたのですね。

   

治療割り付け前の患者は当然ながら全員が「パキロビットの未治療患者」ですが、これらの患者は「パキロビットの非治療群」ではなく、「潜在的にはパキロビット治療群にも非治療群にもなりうる、治療割り付けの待機患者」です。

   

にも関わらず、今回の研究では「治療割り付けの待機期間(と仮定される)期間において入院というイベントを経験した患者は、すべて非治療群に系統的に割り振られてしまった」ことによってバイアスが生じました。

   

これにより、パキロビット治療群と比べて非治療群において「入院イベントが発生しやすい」ということが起きた分けです。

   

もちろん、Immortal time biasの存在は直接的に「パキロビットが入院イベントの低下に関連しているというのは間違い」ということを意味せず、言えるのは「本研究の結果はImmortal time biasの影響を受けている可能性が高く、パキロビットの入院抑制効果を知るにはより適切なデザインのもとでの研究が必要である」ということです。

    

ちなみに、Immortal time biasに対処するためにはいくつかの方法がありますが、今回は「追跡開始から一定期間(Immortal timeと仮定される期間)において発生したアウトカムはカウントしない」という解析を行うことが適切だったと私は考えています。

   

   

ちなみにTarget trial emulationについてより詳しく知りたい方はこちらの論文をどうぞ。

Hernán MA, Wang W, Leaf DE. Target Trial Emulation: A Framework for Causal Inference From Observational Data. JAMA. 2022 Dec 27;328(24):2446-2447. doi: 10.1001/jama.2022.21383. PMID: 36508210.

    

   

   

    

リアルワールドデータ研究に潜むバイアス

実は、リアルワールドデータ研究においてImmortal time biasが問題になったのは今回が初めてではありません。

    

これ以前にも「メトホルミンの癌抑制効果」というテーマにおいて20本近くの観察研究がImmortal time biasの影響を適切に考慮せず、結果的に強くバイアスがある誤ったデータが世に公表され続けてきたという歴史があります。

    

この盛大なやらかしについて丁寧に解説しているのがこちらの論文ですので、ご一読をお勧めします。

Suissa S, Azoulay L. Metformin and the risk of cancer: time-related biases in observational studies. Diabetes Care. 2012 Dec;35(12):2665-73. doi: 10.2337/dc12-0788. PMID: 23173135; PMCID: PMC3507580.

    

    

今回の件や上記のメトホルミン研究の件が示唆うる通り、観察研究やリアルワールドデータ研究では一流医学紙のエディターやレビュワーですらつい見逃してしまう、しかし研究結果を致命的に歪めうるバイアスが存在します。

    

だからこそリアルワールドデータを使って研究する方は、必ず経験のある専門家をチームに加え、冷静な眼差しで研究計画を立てねばならないわけですね。

    

医学分野の研究におけるバイアスは、患者さんの命に直結するわけですから、よりいっそう緊張感を持って研究をデザインせねばならないと私もいつも自分に言い聞かせています。

    

    

以下の記事はリアルワールドデータ研究で絶対に意識せねばならないことについて解説しているので、ぜひご覧ください。

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終わりに

今回ご紹介したImmortal time biasは、”疫学”という医学研究の一つの専門性で学ぶものとなっています。

    

私は外資系企業と国立大学の疫学専門家として活動しておりますが、それ以前はブラック企業に勤める社畜として上司に怒鳴られる日々を送っていました。

    

「強く生きるには専門性だ」

    

そう一念発起し、大学院の修士課程に通い、そこから2年間で疫学専門家としてのキャリアにルートインすることができました。

    

こちらのnoteでは、疫学の世界で活躍したいと考える方々に向けて、「専門性ゼロの段階からどうやって企業の疫学専門家のポジションをゲットするか」ということを解説します。

私自身が未経験から2年間で外資系企業の疫学専門家になるまでに積み重ねた経験、ノウハウの全てをお伝えするつもりで書き綴りました。

    

「これを読めば、企業の疫学専門家になるために必要な知識は全て揃う」

    

その気合いで、私のノウハウを全てお伝えします。

    

   

   

   

     

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