【決定版】薬剤疫学で生じるバイアスとその対処法

こんにちは、すきとほるです。

  

薬剤疫学研究を正しく行い、論文を解釈するためには、バイアスへの理解が必要不可欠です。

 

バイアスとは、その研究の結果を真の結果から系統的に歪めてしまう悪者のことです。

 

たとえば糖尿病の治療薬である薬剤Aと薬剤Bの間で、有害事象である癌が起こるリスクを比較したとしましょう。

 

薬剤Aは新たに開発された画期的な薬で、既存の薬剤Bと比べて糖尿病のコントロールを劇的に改善させるということがわかっています。

 

そんな薬剤A・B間でのリスクの比較ですが、雲の上にいる薬剤疫学の神様には薬剤A・Bで癌が起こるリスクに差はないという真実がわかっています。

 

しかし、その研究に強いバイアスが入った結果、人間界に暮らす私たちには「薬剤Aは薬剤Bに比べると、癌のリスクが2.3倍高い」という誤った結果がもたらされてしまいました

 

その結果、厚生労働省や臨床医は薬剤Aの使用を推奨しないというメッセージを出します。

薬剤Aは糖尿病のコントロールを劇的に改善する画期的な新薬だったにも関わらず、「癌のリスクが高いらしい」という誤った情報により、市場から撤退することになってしまいました。

 

 

このように、バイアスを正しくコントロールできない、またはバイアスの存在を正しく読み解けないと、薬剤疫学では実社会に致命的なインパクトを与えます。

時に人の生き死にに関与してしまうほどのインパクトです。

 

だからこそ、薬剤疫学に関わる人には正しくバイアスを扱う力が必要なんですね。

 

そんなわけで、この記事では薬剤疫学で生じる典型的なバイアスとその対処法について解説していきたいと思います。

 

なお、本記事は以下の論文をベースに書かれておりますので、さらに学びを深めたい方はぜひこちらの論文もご覧になってください。

Acton EK, Willis AW, Hennessy S. Core concepts in pharmacoepidemiology: Key biases arising in pharmacoepidemiologic studies. Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2022 Oct 10. doi: 10.1002/pds.5547. Epub ahead of print. PMID: 36216785.

  

  

   

・薬剤疫学で起こる典型的なバイアス
・それらのバイアスの対処法

 

本ブログは、私が業務上知り得たいかなる情報にも基づかず、一般論もしくは広く公開された情報のみに基づき執筆されています

本ブログは、私個人の責任で執筆され、所属する組織の見解を代表する物ではありません

  

  

  

  

Study Populationに関連したバイアス

  

適応による交絡(Confounding by indication)

バイアスの解説

一つ目は適応による交絡(Confounding by indication)です。

「適応」とは「治療適応になる」の「適応」で、患者の重症度や併存疾患などの条件や薬剤投与の条件に「適応がある」と言う意味です。

   

これは「重症度や併存症などの患者の背景情報が薬剤の投与に影響し、さらにそれらの背景情報がアウトカムにも影響する場合に生じるバイアス」であり、交絡バイアスの一つです。

  

   

上の図を例に説明しましょう。

たとえば肺がんに対する抗がん剤A・Bの間で有害事象として疑われる間質性肺炎のリスクを比較したとしましょう。

   

この時、抗がん剤AはBと違い、転移のある患者に投与されるとします。

転移のある肺がん患者はもともと間質性肺炎の高いリスクを抱えています。

   

このような因果関係が成立するときに、背景情報である肺がんの転移の有無を調整せずに解析を行ってしまうと、本当は抗がん剤Aと間質性肺炎の間には因果関係がなかったとしても、偽の因果関係が生じてしまいます。

   

   

バイアスの対処法

適応による交絡は比較される2つの薬剤間で適応に違いがあり、さらにその適応がアウトカムに影響する際に生じます。

   

ですので以下の対処法があります。

  • 適応が類似した薬剤を比較群に選ぶ
  • 「適応」の基準となる患者背景を両群でバランシングする(回帰分析、傾向スコアマッチング、IPTW、操作変数法、マッチング、層別化など)

   

ベストな方法は「薬剤Aと薬剤Bの投与基準にはほぼ差がなく、投与の決定には偶然しか影響しない」と思われるような比較群を探すことです。

   

しかし現実的にはこのような比較群を見つけることは難しいので、「適応」の基準となる患者背景の情報を入手し、解析によって調整するというのが主たる対処法となります。

   

逆に言えば、そうした患者背景の情報が手に入らないのであれば、適切に「適応による交絡」には対処できないので、研究の実現可能性がないと判断されることもあります。   

   

   

   

チャネリングバイアス(Channeling bias)

バイアスの解説

次はチャネリングバイアス(Channeling bias)です。

   

チャネリングバイアスは「適応は同じ薬剤同士が、異なるリスクや予後を持つ患者に投与されるときに生じるバイアス」です。

   

しばしばチャネリングバイアスは「適応による交絡と同じ」と解説されますが、これは誤りです。

   

適応による交絡では、そもそも比較される2剤の間で適応が異なっていましたね。

一方チャネリングバイアスでは、2剤間で適応は同じですが、投与される患者の有害事象のは章リスクや予後が異なります。

   

どういった時にチャネリングバイアスが生じるでしょうか?

   

例えば既存の糖尿病治療薬であるBと、新薬Aを比較するとしましょう。

そして、新薬は既存薬Bよりも安全で有効であると評価されています。

   

すると、臨床医としてはより有害事象のリスクが高い患者や、より重症な患者に対して新薬Aを処方したくなりますよね(preferential prescribing)?

   

また、新薬Aは既存薬Bに忍容性がない患者や、既存薬Bでは効果が見込めない患者に投与される傾向があるかもしれません。

   

       

   

上の図のように、適応による交絡とチャネリングバイアスは同じ構造を有しており、どちらも交絡バイアスにカテゴライズされます。

   

しかし適応による交絡と比べ、チャネリングバイアスはより慎重に比較する2剤間の実臨床での使用状況をヒアリングしないと判断することができません。

   

なぜなら、薬剤の適応は添付文書やガイドラインなど広く流布された資料から推察することができますが(適応外処方もあるので注意が必要ですが)、チャネリングバイスの原因となる処方傾向は実臨床の蓋を開けてみなければ知りようがないからです。

   

だから、薬剤疫学研究を行うときには実臨床への想像力が必要になるわけですね。

研究のチームメンバーにはその分野の実臨床を深く理解した臨床家を加えるようにしましょう。

   

   

バイアスの対処法

チャネリングバイアスも交絡バイアスの一種ですので、対処法は適応による交絡と同じです。

   

   

   

ヘルシーユーザーバイアス(Healthy user bias)

バイアスの解説

ヘルシーユーザーバイアスは「予防治療を受ける患者は他の予防サービスや健康行動を取りやすいという傾向によって生じるバイアス」です。

 

適応による交絡、チャネリングバイアスと同じくこちらも交絡バイアスの一種です。

 

ちなみに交絡バイアスではなく選択バイアスでもヘルシーユーザーバイアスが生じますが、同じ名前でバイアスの構造は全く異なっているので、混同してはいけません。

 

 

   

 

このように、メトフォルミンの使用とインフルエンザワクチン接種の間には当然ながら因果関係はありませんが、その背景として健康意識の高さによる交絡を受けることで、見かけ上は因果関係があるように見えてしまいます。

 

ヘルシーユーザーバイアスが特に問題になるのは曝露として予防的治療に着目する時です。

 

例えばワクチン接種と感染症の関連を調べる際に、ワクチン接種者は健康意識が高いために普段から健康的な生活を送り、感染予防にも励んでいるかもしれません。

 

すると、本当はそうした背景にある健康行動によって感染症の罹患が抑制されているにも関わらず、見かけ上はワクチン接種との間に因果関係があるように見えてしまいますね。

 

このように、ヘルシーユーザーバイアスは曝露の効果を過剰推定する方向にバイアスがかかります。

 

ヘルシーユーザーバイアスがやっかいなのは、バイアスをコントロールするために患者の健康意識を測定しないといけないという点です。

 

多くの場合、特にレセプトデータを使った医療データベース研究では健康意識なんて入手できません。

そのため、たとえば曝露以前の来院回数などと使って健康意識の大体指標とするといった方法がありますが、これらの代替指標が果たしてどれだけ正確に健康意識を捉えられているのかという点は注意深く考察せねばなりませんね。

 

 

バイアスの対処法

チャネリングバイアスも交絡バイアスの一種ですので、対処法は適応による交絡と同じです。

 

 

 

因果の逆転(Protopathic bias)

バイアスの解説

Protopathic biasは「実際には曝露の予測因子である因子を、曝露の結果だと解釈することで生じるバイアス」です。

 

たとえば、疾患の早期の兆候が見られたことで薬剤が投与され、はっきりと確定診断が下るのはもう少し疾患が進行してからという状況。

この時、こうした実臨床のプラクティスを理解しておかなければ、まるで薬剤の投与が疾患の発症に先行し、疾患を引き起こしたかのように見えてしまいます。

 

 

バイアスの対処法

疾患のトリガーとなるイベントへの曝露から、実際に疾患が発症して観察できるようになるまでにはラグタイムが存在します。

  

それが曝露からアウトカム発症までの期間である誘導期間、そしてアウトカム発症から観察可能になるまでの期間である潜在期間です。

 

詳細は以下の記事で解説しているので、ご参考ください。

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Protopahic biasをコントロールするには、「理論的にアウトカムが発生し得ない期間」であるラグタイムに発症したアウトカムを解析から除外する必要があります。

 

たとえば癌の発症をアウトカムにする際、ターゲットとする薬剤から癌が発症して観察可能になるまでにラグタイムが6ヶ月だとしたら、追跡開始から6ヶ月以内のアウトカムは解析から除外するといった感じです。

 

 

 

 

Study Designに関連したバイアス

既存使用者バイアス(Prevalent user bias)

バイアスの解説

Prevalent user biasは「薬剤の新規使用者だけでなく既存使用者も研究対象とすることで、より副作用に感受性の高い患者が研究対象から除外され、低リスクの患者のみが残存することで生じるバイアス」です。

 

選択バイアスの一種ですね。

 

たとえば、糖尿病薬である新薬Aと既存薬Bの間で乳酸アシドーシスのリスクを比較したとしましょう。

新薬Aは新規使用者で構成されるのに対し、10年以上前から使用される既存薬Bはおもに既存使用者で構成されています。

 

さて、このとき既存薬Bの既存使用者というのは、「副作用である乳酸アシドーシスへの感受性が低いため、乳酸アシドーシスを起こさずに既存薬Bを使い続けられた患者」で構成されていることになります。

 

このような状態で新薬Aと既存薬Bを比較してしまうと、既存薬Bは乳酸アシドーシスへの感受性が低い患者で構成されているわけですから、既存薬Bの方が乳酸アシドーシスのリスクが低いという誤った因果関係が導かれてしまう可能性があります。

 

 

ちなみに選択バイアスは、このように矢印と矢印が合流する因子(離脱)を条件づけてしまうことで生じるバイアスなので、合流点バイアス(Collider bias)とも呼ばれます。

 

ちなみにPrevalent userを対象とすることのデメリットはこれだけではなく、加えて

  1. 薬剤の累積曝露によるリスク増減がある際、適切にリスクを測定できない
  2. 曝露に影響された中間因子を交絡因子と誤って調整してしまう
  3. 薬剤曝露の早期に発症するアウトカムをスルーしやすい

 

というものがあります。

 

Prevalent userに対処せずに新薬 VS 既存薬の比較を行ってしまうと、新薬の有害事象リスクを過剰評価することになるので注意が必要です。

 

 

バイアスの対処法

Prevalent user biasの対処法は患者集団を新規使用者、つまりNew-userのみにすることです。

 

しかしこの方法にはいくつかの欠点があり、それをカバーするためにPrevalent new-user designといった方法も開発されています。

 

詳細は以下の記事で紹介しているのでご覧ください。

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不死時間バイアス(Immortal time bias)

バイアスの解説

Immortal time biasは「不死時間、つまりStudy design上は死亡やアウトカムが起こりえない時間を解析に含めることで生じるバイアス」です。

 

たとえばメトフォルミン使用者と非使用者の間で癌の発症リスクを比較したとしましょう。

 

この時、両群の追跡は初回の2型糖尿病の診断から始まります。

 一方、メトフォルミン使用者の定義は追跡開始後に少なくとも一度はメトフォルミンを処方されていることとしました。

 

このような条件下で2群を比較すると、メトフォルミンの癌リスクを過小評価する方向にImmortal time biasが働きます。

 

なぜなら、メトフォルミン群は「2型糖尿病の診断からメトフォルミンの処方までは癌を発症しなかった」患者で構成されており、この間のImmortal time分だけ癌リスクが差し引かれて計算されるようになっているからです。

 

下の図で言えば、Exposed群の青棒の部分がImmortal timeです。

この図を見ると、本来は非曝露群に振り分けられねばならないExposed群の青棒が、誤ってImmortal timeとしてExposed群に振り分けられてしまっていることがわかります。

 

Immortal timeの発生に注意しなければならない状況は、いかのいずれかが成立する時です。

  • 曝露の定義が追跡開始後に決定される、または追跡期間を使って定義される(e.g., 入院X日以降の薬剤処方)
  • 診断日に対して治療群と非治療群で追跡開始時点が異なる
  • 階層的に治療群同士が定義される時(e.g., 群Aは”群B+その後の薬剤A処方”で定義)
  • 対象が追跡期間中に特定された治療を基準として除外される時
  • Time fixed analysesが使用される時

 

 

私が薬剤疫学の論文でよく見かけるImmortal time biasを起こしてしまっている曝露の定義は、

・入院2日以内の薬剤投与と3日以降の薬剤投与を比較し、かつ入院日を追跡開始日とする(早期投与の効果を検証)

・治療Aのあとに治療Bが処方され、さらにその後に治療Aが再度処方されたらAdd-on、処方されなければSwitchingとする(治療Bのあとの処方状況によって、遡る形で治療BがAdd-onかSwitchingかを定義している)

 

といったものです。

 

Immortal time biasは注意していないと気づきにくいバイアスですので、しっかりと理解をしておいた方が良いでしょう。

Immortal time biasに関する有名な論文がこちらですので、ご参考にしてください。

Lévesque LE, Hanley JA, Kezouh A, Suissa S. Problem of immortal time bias in cohort studies: example using statins for preventing progression of diabetes. BMJ. 2010 Mar 12;340:b5087. doi: 10.1136/bmj.b5087. PMID: 20228141.

 

 

バイアスの対処法

研究デザインベースのアプローチには、

 

・Active comparator new-user designを使って両群を薬剤使用者にし、新規処方時点から追跡を行う

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・Time-varying exposure methodなど時間によって変容する曝露を解析モデルに組み込めるようにする

 

といった方法あがあります。

 

 

 

 

Data Sourceに関連したバイアス

 

誤測定バイアス(Misclassification bias)

バイアスの解説

誤測定バイアスは「測定された曝露、交絡因子、アウトカムが系統的に真の値とズレている時に生じるバイアス」です。

 

メジャーなバイアスですのでご存じの方も多いかと思いますが、誤測定バイアスは曝露・アウトカムだけではなく交絡因子においても生じるという点が一つのポイントです。

 

たとえば、糖尿病の新薬と既存薬で乳酸アシドーシスのリスクを比較する際、既存薬はすでに乳酸アシドーシスを起こすリスクがあったとしましょう。

 

すると、既存薬を処方する医師は常日頃から乳酸アシドーシスに気を配り、より頻回に検査を行い、注意深く観察するかもしれません。

このような時、本当は新薬と既存薬で乳酸アシドーシスのリスクは同じだったとしても、既存薬でより注意深く観察が行われたためより多くの乳酸アシドーシスがピックアップされ、見かけ上は既存薬のリスクが高くなるというバイアスが生じます。

 

 

 

なお、誤測定バイアスに関してはこちらの記事でさらに詳細に解説していますので、ご参照ください。

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バイアスの対処法

誤測定バイアスの対処法は複数存在しますが、最も大切なことは「可能な限り誤測定バイアスの影響を最小化できるような曝露、交絡、アウトカムの定義を作成する」ということです。

 

質問紙調査であれば適切な調査票を使い、回答者が真の値を回答しやすいような状況で情報を集める。

既に収集された2次データを使うならばバリデーション研究やガイドラインを参考に、妥当性の高いアルゴリズムを作成する。

 

バイアスの程度を加味して解析結果を修正するBias analysesといった方法もあるものの、これはあくまでも副次的な選択肢であり、「誤測定バイアスを最小化できるように測定する」といった方法に勝るものはありません。

 

 

 

 

終わりに

いかがでしたでしょうか?

 

このブログでは薬剤疫学でよく生じる以下のバイアスとその対処法を紹介しました。

  • 適応による交絡(Confounding by indication)
  • チャネリングバイアス(Channeling bias)
  • ヘルシーユーザーバイアス(Healthy user bias)
  • 因果の逆転(Protopathic bias)
  • 既存使用者バイアス(Prevalent user bias)
  • 不死時間バイアス(Immortal time bias)
  • 誤測定バイアス(Misclassification bias)

 

 

冒頭でも述べましたが、薬剤疫学におけるバイアスは人の生き死にに直結します

 

私たちがバイアスにまみれた論文を世に出し、もしくはそのような論文を読み、その結果を間に受けて薬剤に関する実社会での意思決定をくだしてしまったとしたら?

 

薬剤疫学の研究をしていると、「ああ、もうめんどくさい」と思うことも頻繁にあるのですが、その度に論文の先にいる人たちの姿を想像して、なんとか踏みとどまるようにしています。

 

そのためには、今回紹介したようなバイアスを含み、薬剤疫学への深い理解が必須となります。

 

道のりは長いですが、みなさんと一緒に少しずつ歩みを進めていければと思っております。

 

 

「もっと薬剤疫学を勉強したい!」という方向けの記事はこちらでまとめていますので、ぜひご覧ください。

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